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第19話「魔王を殺して」

必死になって、どうして結婚してくれないのかを問いてくるが、いや、当たり前だろ。 「あのなぁ…お前、俺とお前の関係性わかってんのか?」 「新婚さん、だろう?」 「違ぇっつの!はぁ…いいか?お前は魔王、そして俺は魔法少女。俺はお前を倒すっていう使命があんの!それなのに結婚だの夫婦だの、馬鹿か!!」 「愛にそんなこと関係ないさ。身分がどうであれ、僕が大我を好きだってことは変わりない。」 「関係あんだよ!」 キッチン台の隅っこに置いてある、包丁スタンドに収納された包丁が視界に入った。 それを手に取ると、包丁の鋭い刃の先端をノアに向ける。一応必要になった時の為に購入したものの、料理をすることがない為ほとんど使ってない包丁。刃こぼれもしていないし、切れ味は良さそうだ。俺がもう少し手を前に突き出してしまえば、簡単にノアの首を貫くことが出来る。 だが、命の危険が迫っているというのに、顔色1つ変えない余裕な姿がまるで俺を見下しているかのように見えて腹が立つ。「まじで殺すぞ。」と脅し文句を俺が言っても、眉尻を下げるだけで何も言わない。 抵抗する気がないのなら、本当にここでノアを倒してしまおうか。今がチャンスなんじゃないか?こいつを倒せば、俺の新しい明るい人生が始まる――   包丁の先端が、ノアの白い首に数ミリ食い込む。ごくり、とノアが唾を飲み込んだことで喉が波打ち、包丁の先端がノアの皮膚をぷつりと突き破った。 青色の液体が、じんわりと突き破った皮膚の中から滲み出てくる。俺は慌てて包丁を持つ手を引っ込めた。鮮やかな青色の雫がノアの首をツーッと流れ落ちていく。 怖くなったのだ。誰かの命を奪うということが。ノアは人間では無い。その証拠に、血の色は俺と同じ赤色ではないし、意味のわからない能力を持っている。今まで数え切れないくらいのモンスターは平気な顔で躊躇なく倒してきたのに、ノア相手になると怖くなり、恐怖で包丁を持つ手が震えてしまうのは、きっと、ノアが俺たち人間と全く同じ形を模した生物で、ちゃんと意思疎通ができるからだろう。ノアを殺しても俺は人殺しにはならない。 むしろ、地球の平和を守った英雄として称えられるべきことで、それが俺の仕事であり使命なのだ。そうわかっていても、下ろした包丁を、もう一度ノアの首元に突き付ける勇気は俺にはなかった。   「…やめた。」 包丁をそっと台の上に置く。ノアは、首から血を流したまま、俺の顔を心配そうな表情で覗く。俺の心配じゃなくて、自分の心配をしろよ。俺に殺されそうになったんだぞ?首から血が出てんだぞ?ノアの普通ではないズレた感覚に呆れてため息しかでない。 「魔法少女に変身していない時に不意をついて倒すのは、なんか違う。営業時間外に戦うなんて、そんなサービス残業納得行かないからな。俺が変身してない時は営業時間外、ただの社畜だ。営業時間中に正々堂々勝負して倒す、それが正義の味方だからな。」 リビングに置いてある小物を入れてある引き出しから、絆創膏を1枚取り出すと、ほらよ、とノアに渡した。 「ほら、早く帰れ。俺は今日も死ぬほど働かされて疲れたからもう寝るんだ。」 シッシッと犬を追い払うような仕草をしてから、俺はリビングにノアを置いて、お風呂場へと向かった。シャワーを頭から浴びながら、まだ止まらない手の震えを必死に抑えようと、拳に力入れる。思い返してみれば、俺は俺が生き返るために、俺だけのために戦っている。 それがたとえ地球の平和を守っているんだと言われても、いまいちそこにはぴんときていないまま戦っていた自分がいた。魔王を倒せば俺の願いが叶うと言われ、ホワイト企業に再就職したいがため、魔王を倒すと約束した。でも、俺の人生の為だけに人を殺してもいいのだろうか…。脳裏に包丁を首元に突きつけられた時のノアの顔が浮かぶ。 「だからっ…その顔やめろっつってんだろっ…。」 ドンッと壁を殴れば、狭いお風呂場にドォン、ドォン、と音が反響した。手が痛い。   シャワーを済ませてお風呂場から出ると、いつもはまっすぐそのまま自室へと向かい、アラームをセットしてベッドへダイブそのまま夢の世界へ。という流れがお決まりなのだが、今日は一度、リビングに行ってみた。もしかしたらまだノアがいるかもしれない。ソファーに座っていて、待ってたよ、マイハニー。なんて、また馬鹿みたいなことを言ってくるかもしれない。 別に、期待している訳では無いけど、あいつならそういうことしそうだから。中の様子を伺うように、そぉっとドアを開けて、隙間から顔だけ覗かせて部屋の中をぐるり一周見渡す。そこにノアの姿はなかった。どうやら、本当に帰ったようだ。 「なんだ、まじで帰ったのか。」 まぁ、別に、帰ってくれないと困るから帰ってくれて助かるんだけど。リビングのドアを閉め、自室へと向かうと、ぼすんっとベッドに倒れ込む。天井に向けて両手を伸ばす。震えは止まっていた。 きっと、ノアは良いやつだ。そんな長く一緒にいたわけじゃないのに何がわかるんだって話ではあるんだけど。でも、オーラだったり、言葉の端々に感じる素直さだったり、そういうところから、きっと良いやつなんだって感じる。 魔王を名乗るにしてはあまりにも真っ直ぐすぎて向いていない気がする。もし転職が可能なシステムなら今すぐ転職することをおすすめしたいくらいだ。 刃を向けられたなら魔王らしく反撃しろよ、俺を捻り潰すのなんて簡単なことだろ。もっと悪役っぽく笑えよ、俺が悪いみたいな悲しそうな顔すんな、そんな顔されたら殺しにくくなるんだよ。やめろ…。俺はお前を殺さなきゃいけないのに―― 頭から布団をバサッと被ってぎゅっと固く目を閉じる。ぐちゃぐちゃな思考から逃げるように、必死に夢の世界へ行こうとする。が、そういう時に限って上手く眠れない。いつもは死んだようにすぐ落ちるのに…。   ――明日、またノア現れんのかな…。前に泣きそうな顔をした時は数日間現れなかったから、もしかしたらまた数日間姿を現さないかもしれない。こっちが心配してたら突然何の前触れもなくひょっこり現れて、また勝手に突然消えるのか。本当、これだから強引俺様魔王様は…。…次会ったら、また謝ろうかな…。   そんなことを考えていたら、俺はいつの間にか眠りについていた。

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