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第20話「最悪の朝、再び」

暗闇の中、遠くでガチャガチャ音がする。 うるさい。誰だ、早い時間からうるさい物音を立てているのは。工事か?それにしては早すぎだ。隣人か?これは管理会社に文句を言わなければいけない。 重たい瞼を無理やり持ち上げる。ぼやけた視界の中、一番最初に目に飛び込んできたのはいつもと変わらない真っ白の天井。だるい身体を起こし、会社だりぃーとガサガサの声で呟いて廊下を通りリビングのドアを開けた。 「あぁ、おはよう。素敵な夢は見れたかい?」 黒色のシンプルなエプロンをつけたノアが、くるりと振り返って爽やかな微笑みを浮かべながらこちらを見ている。右手には艶やかに光る白米がよそわれた茶碗を持っており、食卓を見れば、美味しそうな食べ物がずらりと並べられてある。 うわっ、うまそー! じゃなくて!!いや、どういう状況!?はぁ!?こいつ、昨日の夜帰ったんじゃねぇの!?なんでまだ俺の家にいるんだよっ!!  言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるが、寝不足気味&起きてすぐの脳では思考が追いつかず、頭がガンガン痛み始める。う゛ーっと、言葉にならない声を上げながら頭を抱えてその場にしゃがみこむと、慌てた様子でノアは俺の元へ駆けてきて、体調が悪いのかい?頭痛薬を飲むかい?今日は仕事を休んだ方が――と大袈裟な程に心配してくる。 頭痛の元凶はお前だよっ!と突っ込む気力さえない。 「あー…言いたいことは山ほどある。が、とりあえず、だ。なんでお前がここにいるんだよ。昨日、帰れって俺言ったよな!?」 「あぁ、言われたさ。もちろん、大我に言われた通り一度エビルディ星に帰った。」 「じゃあなんでまた俺の家にいんだよ!帰れ!今すぐ帰れ!!」 不法侵入の入口にしたであろう、半開きの窓を指差して大声で言う。ノアはわぁわぁと大声をあげる俺を無視して、真剣な表情でまっすぐ俺を見た。 「あの後、僕なりにいろいろ考えてみたんだ。僕は間違っていた。今まで僕のことを好きにならない生き物なんていなかったから、大我が僕のことを好きでは無いということをすっかり忘れていたんだ。」 「おぉ。なんか鼻につくけど…俺がお前のことを好きじゃないってところは確かにあってるな。」 「そこで僕は思いついたのさ。僕のことを好きじゃないのなら、これから好きになってもらえばいいってね!その為にはアピールが必要だろう?だから、今日から大我と一緒に住むことにしたのさ。」 ぱちんっと右目を閉じてウインクを飛ばすノア。 アイドルみたいにばっちり顔をキメて意味わからん発言をするな。顔面が良いせいで、様になっているのが余計に腹が立つ。もう、魔王なんて向いてないこと今すぐやめて、アイドルにでもなればいいのに。だいたい、「したのさ。」じゃねぇよ。 なんで俺の同意なく既に住むことが決定してるんだよ!怒りたいことは山ほどある。だが、朝からどっと疲れすぎてもう大声をあげる元気なんてない。無言のままがくっと項垂れて大きなため息を吐き出す。 「…あのさぁ…。俺昨日も言ったよな?俺とお前は魔法少女と魔王。敵なんだぞ?」 何度言ってもノアはわかっていない様子。それがどうした、と言わんばかりのニッコニコの笑顔で、そうだね。と相槌を打つだけ。裏のない笑顔を浮かべるノアの首には、俺が昨夜渡した絆創膏が貼られてあった。罪悪感でずきりと胸が痛む。…相手は敵なのに。 「だから、俺はお前を倒さなきゃいけないし、お前は俺を倒さなきゃいけないんだよ。わかるか?」 「うん、わかるわかる。」 「お前…本当にわかってんのか?絶対わかってないだろ。」 「わかってるさ。僕はこの星をエビルディ星の物にしなくてはいけないという使命がある。確かに、その使命を邪魔する魔法少女の大我は僕にとって敵。倒すべき相手だね。」 「なんだ、わかってんじゃねぇか。なら――」 “さっさとでていけ”と言おうとした口に、ノアが人差し指でぽんっとソフトタッチする。静止する魔法をかけられたかのように、俺はぴたっと動きを止めた。 「でも、今の大我は“魔法少女”じゃなくて“ただの社畜”つまり、僕の敵では無いってことさ。」 得意気な顔のノアだが、ノアの言っている事が俺にはさっぱりわからない。ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返すと、はぁ?と間抜けな声を出した。 「昨日、大我が自分で言ったんだよ。変身してない時は営業時間外、ただの社畜だってね。つまり、変身していない時は僕たち2人を引き裂く邪魔な身分っていうものに振り回されることは無い。そういうことだろう?もちろん、今後も変わらず地球侵略は続けるし、魔法少女の大我とは戦うさ。でも、変身を解けば僕たちは魔王とただの社畜。何の関係もなくなる。それなら、その何の関係もない僕たちの関係を、2人で作っていきたい…そう思わないかい?」 俺の右手を両手で包み込むようにして握ると、あと15センチ顔を近づければキスできるくらいの近距離でノアが熱い視線を送ってくる。俺は握られた手をブンッと乱暴に振り払った。 「口説くなっ!気色悪い!何の関係もないならそのままそっとしておいてくれ!だいたい、お前の言うことは常に屁理屈でしかないんだ!」 「屁理屈じゃないさ。発想の転換だよ、大我。」 ドヤ顔でふぁさっと横髪に軽く触れる仕草がいかにもナルシスト。 本当、こいつは一挙一動全てがうざい。なんでこいつはこんなにも自己中心的なんだ!あぁー朝からストレスが溜まる!なんて言えば論破できるんだ! ズキズキと痛む頭を無理矢理動かしたところで、ノアを追い払ういい方法は思いつかない。そもそも、頭痛がしていなかったとしても、俺なんかが言い合いで勝てるはずがないんだ。頭の回転も遅いし…。この前だって仕事で――――しごと…? 「どわぁああっっ!!!???仕事!!!!忘れてた!!!!」 壁にかけてあるシンプルなデザインの時計に目をやる。俺は一瞬で青ざめた。 時計の針が指す時刻は7時35分。電車の出発時刻は7時38分。俺の家から駅まで歩いて15分かかる。…終わった…完全に遅刻確定だ。やばい、急がなきゃ!と頭じゃ理解しているが、動転しすぎて何からどうすればいいかわからず、ただただその場でワタワタして時間を無駄にしてしまう。 なんせ、本当に起きてすぐの状態で、顔さえも洗っていないのだから。挽回の余地がない。不可能だ。半ば諦め気味でワタワタしている俺の肩をがしっと鷲掴み、ノアははっきりとした口調で言った。 「大我、落ち着いて!大丈夫、まだ間に合うから!」

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