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第21話「愛妻弁当(?)」

「む、むむむ無理だろ!!だって、電車行ったし、次の電車に間に合ったとしても遅刻は確定してるし、戦いの時以外に魔法少女の力は使うなってピプに言われてるし…!」 「大丈夫!僕がなんとかするから!とにかく、大我は急いで顔を洗って着替えてきて!」 強引に背中を押され、廊下へと押し出される。遅刻しようがせまいが、どちらにせよ、とにかく会社へ行く支度はしなくちゃいけない。 俺はノアに言われた通り、大急ぎで顔を洗い、自室に戻ってスーツに着替えてから、再びリビングに戻った。リビングに戻ると、青色のランチクロスに包まれたお弁当を片手に持ったノアが、黒いマントを広げた状態で待ち構えていた。 「さあ、僕に抱き着いて!」 「はぁ!?お前なぁ!今ふざけてる場合じゃねぇんだよ!」 「いいから!ちゃんと僕が大我を会社まで送り届けるから。…遅刻、したくないだろう?」 「したくないっ!」 「じゃあ早く。」 わけがわからないまま、一か八かノアのことを信じることにした。 現時点で既に遅刻確定なのだ。賭けに出たところで今以下はないだろう。ちょっと気まずさはあるものの、ノアの胸に寄り添うようにして頬をつけ、ぎこちない手つきで背中に手を回す。頭上から「行くよ。」と、少し吐息混じりのノアの甘くて低い声が降ってきて、思わず体をゾクッとさせた。 バサッとマントを羽ばたかせた次の瞬間、先程まで静かだった部屋の中が一気に騒音でいっぱいになった。車や電車が走る音、すずめのチュンチュンという鳴き声がすぐそこで聞こえる。まるで外にいるみたいだ。 「着いたよ。」 そっとノアから身体を離すと、俺はありえない状況に驚き、うぇっ!?と変な声を漏らした。さっきまで、自宅のリビングにいたはずなのに、いつの間にか俺の会社のビルの屋上に瞬間移動していたのだ。 「驚いたかい?僕のワープ能力さ。」 あぁ、確かに驚いた。一瞬な。でも、良く考えれば、俺が死んだあの日から、俺含め、俺の身の回りで起こることは普通じゃないことしかないから、ワープくらいじゃもう驚かない。むしろ、ワープ程度できて当然な気もしてくる。 「助かった、ありがとな。この貸しはちゃんと返す。」 「貸しなんて、そんなの気にしなくていいよ。おっと、そんなことより、これを。」 渡す、と言うよりは押し付けるかのようにほぼ強引にお弁当を俺の手に掴ませる。 「いらねぇよ、弁当なんか。」 「駄目だよ。朝も食べてないんだから。ちゃんと食べてくれないと、心配なんだ。」 「お前は母親かよ。まじでいらねぇ――」 俺が最後まで言い終わる前に、ノアは逃げるようにマントをバサッと羽ばたかせ小さな竜巻を起こして消えた。 あの野郎…言い逃げしやがって。 俺の手に握られてあるお弁当。固く丁寧に結ばれたランチクロスの結び目を解いて、パカッとお弁当箱の蓋を開ける。うわっうまそ~!何種類ものおかずが丁寧にお弁当箱に敷き詰められ彩っている。栄養バランスも良さそうだ。俺はぎゅるるるるっと腹を鳴らした。 仕方ない、朝ごはんを食べ損ねたんだから。……そうだ、これは仕方ないんだ。あいつの手作り弁当を食べるのはあいつを喜ばせるみたいで不本意だが、食材を捨てるのも勿体ないしな。 だから、決して食べたい訳じゃなくて、あくまでし・か・た・な・く!だからな。誰に言い訳をしているのか、頭の中で何度も仕方ないからな。と呪文のように唱えて、ハート型の卵焼きをひょいっとつまむと口の中に放り込んだ。 「うんっま!!」 俺の好きな甘くない卵焼き。しかも塩加減最高。あまりの美味さに体がビリッと痺れ、早く空腹にその美味い卵焼きをぶち込んでくれ!と言っているかのように、胃がきゅうっと締め付けられ、上にせりあがってくるような感覚になる。ごくりと飲み込めば、たった1つの卵焼きだけでこの上ない幸福感を感じる。  …ち、違う違う!仕方なく!食べただけだし!それに今俺は死にそうなくらい腹が減っているから美味いと思ったんだ。空腹は最高のスパイスって言うしな。うん、だから、決してあいつに胃袋を掴まれたとか、そういうのじゃない。そうだ。違う、絶対に違う!!  ……まぁ、たまになら?あいつの手作り料理を食べてやらんこともないかな。あいつがそこまで俺に食べて欲しいというのなら。  俺はいそいそとお弁当箱の蓋を閉めてランチクロスを雑に結ぶ。残りはお昼に…。落とさないように両手でお弁当箱を持って屋上のドアへと向かおうと足を進めた時だった。ぶわっと強い風が吹いて、俺は反射的に眉間に皺を寄せて目を細めた。 「よかった。大我、まだここにいたんだね。」 風が止んで目を開けば、目尻を下げて柔らかい笑顔で笑うノアがいた。どうやらさっきの突風はノアのワープのせいで起こったものだったようだ。 「うげ…。帰ったんじゃなかったのかよ。」 「1つ、大切なことを忘れていたのを思い出してね。」 「大切なこと?なん…っ!?」 ちゅっというリップ音とともにふわりと一瞬、ノアの唇が俺の唇に触れた。 「行ってらっしゃいのキスだよ。」   あぁ…もううんざりだ…。こいつは飽きもせず馬鹿みたいにちゅっちゅちゅっちゅ、と俺に断りもなく平然とキスをしやがる。 断りを入れたところで俺が承諾するわけはないのだけど。お前なぁ!!――と大声を上げかけたが、それより先にノアが「仕事、頑張ってね。」とだけ言い残しそそくさと消えやがった。 「あのやろぉ…!!俺が帰るまでに絶対出ていけよ!!このキザ野郎ーーー!!!!」 俺の怒りの言葉は、当然ながらノアに届くことはなく、街の騒音に掻き消された。

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