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第26話「おかえりと聞こえる場所」

「生きるか死ぬか…?どういうことだい?」 「んぇ?もしかして、ノアって魔法少女について何も知らねぇのか?俺はてっきり、歴代の魔法少女を何人も倒してきたって言ってたからいろいろ知ってるのかと…。えーっと、そうだな…何から説明すればいいんだろうな…。」 食べ終えたお皿を重ねながら俺はうーん、と唸った。すると、さっきまで電池が切れたかのように座り込んだまま黙っていたピプが、突然息を吹き返したかのようにべらべらと喋り始めた。 「魔法少女は一度死んだ人しかなれないピプよ。死んだ人の中からピプが魔法少女にふさわしいと思う子を選んで、声をかけているピプ。ちなみに、すでに天国または地獄の地に踏み入れた人は魔法少女に慣れないピプ。死んですぐの人しかなれないピプからそこはあしからずって感じピプね。」 「そ…そんな…。つまり、大我は…。」 真っ青な顔でぷるぷると小刻みに体を震わすノア。言おうとしていることはなんとなくわかる。俺が死んでいる、という事実を受け入れ難いんだろう。 さて、どうやって今にも発狂しそうなノアを落ち着かせるか。嘘をついたところで後になって嘘がバレるのも面倒だし、正直に本当のことを言うしかないか。ガシガシと頭を掻いて、ノアを安心させる言葉を言おうとした瞬間、ノアが俺の胸に勢いよく飛び込んできた。ほぼ体当たりと変わらない力で飛び込んできたせいで、俺は勢いあまって椅子から転げ落ちた。 ノアの重みも加算された衝撃が俺の尻にどすんっと与えられ、かなりの痛みに俺は打った場所を両手で抑えながら背中を弓のように反らして痛がった。 「痛ってぇ~~~!!!!~~~っおい!お前なぁ!!!」 「嘘だ!!!大我が死んだなんて嘘に決まっている!!だって、今だってちゃんと心臓が動いているじゃないか!!!」 俺の左胸に手をあて、どくどくと脈を打つ俺の心臓を確かめながら、ノアは大声であげた。なんつー顔してんだよ、大袈裟な。こんなことくらいで目に涙溜めて、正真正銘の馬鹿だこいつは。手を額に当て、はぁ、と溜息をついて面倒くさそうな表情をしてみせると、ノアは俺に抱き着いて心臓に耳をあてた。まるで甘えている幼い子供みたいだ。 「仮の心臓なんだよ。魔法少女になる代わりに仮の心臓をもらったんだ。魔法少女になるなら心臓がもらえる、魔法少女にならないならその場で即死。この2択を選ばされた。だから、俺が魔法少女になったのに大した理由なんかねぇの。ただ、まだ生きていたかっただけなんだよ。…つーか、別に1回過去に死んでいようがどうだっていいだろ。今こうして生きてんだから。わかったらすぐにぐずぐず泣くのやめろ。今すぐ泣き止め。」 ツンツンしている言葉とは裏腹に、俺の胸ですすり泣くノアの頭を優しく撫でてやる。ノアの髪はさらさらで気持ちよかった。 「うぅ…ごめんよ、大我。僕としたことが取り乱してしまった…。」 俺の胸から離れ、涙を拭うノア。僕としたことがって、まるで今まであまり取り乱したことがないみたいな言い方をするな。お前は俺のことになると毎回のように取り乱してるだろ。訂正してやろうかと思ったがやめておいた。 多分、そこを訂正すると、当たり前じゃないか!だって僕は大我の事を愛してうんぬんかんぬん…と、うるさくなるに決まっているから。とりあえずこれで一件落着――と思っていたら、空気を読めないピプが口を挟んできた。 「まぁ、安心するピプ。大我は必ず魔法少女としての使命を果たして、本当の命とホワイト企業への再就職を手に入れるピプから。」 手を腰に当て、えっへんっと偉そうにふんぞり返って言うピプ。何お前が威張ってんだよ。頑張るのは俺なんだぞ。 「魔法少女としての使命…?へぇ、それは一体どういう内容なんだい?僕が手伝えることがあるなら、ぜひ手伝わせてほしい。僕は大我の夢が叶うのを願っているからね。」 「あっ…えーっとぉ…。」 気まずい。ノアを倒すことが使命だなんて、本人に言えるわけがない。ましてや、自分が死ぬことで俺の夢が叶うと知れば、自殺をしようとしてもおかしくない。それくらいこいつはいかれてるんだから。目線を合わせずらくて、部屋の角をじぃっと見つめる。 不思議そうな顔で俺を見つめるノアが視界の端に写ったが、俺は無視を続けた。どうやってこの場を切り抜けようか、と考えていたら、ピプが何の躊躇もなく「ノアを倒すことピプ。」と言った。ぺぽぴっと星の生き物は、戦闘能力が備わっていない以外にも、空気を読んだり人の気持ちを汲み取る能力も備わってないのか?戦闘能力が備わってないなら、何か勃発するような発言を軽々しくするのはやめてくれ。ノアがピプのことを“出来損ないの小人族”と毎回呼ぶのがなんとなくわかる気がする。 「僕を倒せば、願いが叶う…?大我、それは本当かい?」 真剣な眼差しを向けられる。濁り一つない真っすぐなこの瞳を向けられると、嘘なんかつけるわけがない。俺は視線を逸らしたまま、うん、と頷いた。まさか、本当に今ここで死のうだなんて考えてないよな…?ちらりとノアの顔を見れば、顎に手をあててなにやら考えている様子だった。 「あの、先に言っておくが自殺とかは考えるなよ?あくまで俺は、お前と正々堂々戦って倒したいって思ってて、だから俺の為を思ってーとか、そういうので自ら命を絶つのは…。」 「何を言っているんだい?」 ノアのけろりとした声に俺は思わず拍子抜けして、ほぇ?と間抜けな声を出した。目をぱちくりさせながらノアと見つめあうと、俺の顔見てふはっとノアは吹き出した。 「僕が大我の為に死ぬわけないだろう。そんなことしたら大我と一緒にいられなくなるじゃないか。言っただろう?エビルディ星人は一度欲しいと思ったものはどんな手を使ってでも必ず自分の物にして見せるってね。興味あるものが1つしかないだけで、僕にもエビルディ星の血は流れている。いくら大好きな大我の願いでも、自分の欲望を捨ててまで叶って欲しいとは思わないよ。だから、訂正させてくれ。僕は大我の夢が叶って欲しくないと思っている、ってね。」 ぱちんっと右目を器用に瞑ってウインクをする。なんだよ!あーあ、心配して損した!そうでしたっ!こいつはこういう奴でした!自己中だもんなっ!「あっそーですか!」と吐き捨てると、立ち上がり、ノアの食器も重ねてからシンクへと持っていく。俺の後ろにぴったりくっついてきて「僕が洗うから大我はゆっくりしてて。」と言ってきた。 「いい!お前を倒した後、俺はまた1人で生きていくからな。その時の為に今から皿洗いくらい習慣づけておくんだ。」 「大丈夫、安心して。僕は絶対負けないから。大我の夢が叶うのを阻止するために、これからはもう少し本気で戦うことにするよ。」 「お前、やっぱりいつも手加減してやがったのか!くそ!舐められてんのまじでむかつく!」 「大我の事を傷つけたくなかったからだよ。」 「もう傷ついてるよ!!体じゃなくて心がなっ!!」 「でも、安心してほしい。これからも大我のことは僕が守る。絶対に何があっても僕は大我から離れないよ。」 「口説くなっつってんだろ!気色悪い!」 食器用洗剤で泡だらけになった俺の右手をぎゅっと両手で包み込むノア。 やっぱりこいつは正真正銘、もう手の施しようがない馬鹿だ!!ノアの手からするりと逃れ、俺は洗い物を始める。ふん。これくらい俺にだってできるっつーの。それに、ノアがいなくなったらまたコンビニ弁当生活に戻るから、洗い物なんてする必要がないしな。ぎゅっぎゅっと力を入れてグラスを洗っていると、うっかり泡のせいでつるっと滑って、シンクの中にグラスを落としかけた。 ぎりぎりのところでキャッチできたからよかったものの、もし落としていたら確実に割れていただろう。ノアとお揃いのグラス。一緒に住み始めて一番最初にノアが勝手にネットで購入したものだ。最初はお揃いのグラスを食卓に並べて向かい合って食事をするのを心底嫌がって毎回ぎゃぁぎゃぁと喚いていた俺だったが、いつの間にかそれが当たり前になっている。慣れというのは怖いものだ。次は落とさないように、そっと包み込むようにグラスを持って丁寧に洗った。 「なぁーんか、こう見ると本当に2人が新婚に見えてくるピプ…。」 食卓に座って嫌そうな顔のピプがこちらを向いていた。 「やだなぁ、新婚に見えてくる、じゃなくて僕達は本当の新婚なのさ。ねぇ、大我。」 「誰が新婚だ。あの契約のキスは無効だからな。あっ、おい。腰に手を回すな。」 俺が皿洗い中で抵抗できないことをいいことに、ノアは調子に乗って、厭らしい手つきで俺の腰を撫でる。このド変態が。ぞわぞわとする感覚が止まらない。一刻も早くノアの手を捻りあげるため、俺は大急ぎで泡だらけになった食器達を流水で濯ぐ。 「敵が真横にいると言うのに洗い物で両手が塞がれているだなんて、一体どういうつもりピプか…。危険にも程があるピプ。包丁でぐさぁっと刺されたら今この瞬間で大我の命は終わりピプよ?」 呆れ顔のピプ。確かにピプの言うことは間違っていない。少し前までの俺もそう思って常に警戒していた。だけど今は…。 「はぁ…これだから出来損ないの小人族は…。何度同じことを言わせたら理解できるんだい?僕が大我の事を傷つけるだなんてありえない。殺すだなんてもってのほかだよ。」 この言葉をうんざりするほど2か月間毎日のように聞かされたらもう、変身を解いている時くらいは心を許してしまうようになるだろう。実際、ノアには至れり尽くせりの状態なわけだし。 まぁその、大切にしてくれてるっていうのは、気持ち悪いほど伝わっている。洗い物が終わりタオルで手を拭くと、まずはずっと俺の腰を撫で回していたノアの手を捻りあげる。痛いといいながらもノアは嬉しそうに笑っている。本当に気持ち悪いやつだ。 「お前が俺を殺さないのはもう気持ち悪いほど理解できている。頭がおかしいこともな。」 「ふふっ、僕の愛がちゃんと伝わってるみたいで嬉しいよ。」 さっきの発言でどこをどう切り取れば俺に愛が伝わっていると錯覚できるのだろうか。疲れるだけだからもう突っ込まないでおこう。「これ以上夫婦漫才は見てられないピプ。」と言って、ポンっとピプは姿を消した。誰が夫婦漫才じゃい、ゴラァ。まったく、違う星の奴らは個性が強くて好き勝手な奴しかいないのか…。  時計を見れば、まだ時間は21時前だった。家に帰ってきてからだいぶゆっくりとした時間を過ごした気がするのに、まだ21時だなんて。はぁ~~定時上がり最高~~!!美味しいご飯でお腹も満たされたし、あとはお風呂に入ってベッドでごろごろくつろいで―― ピロリロリーン ピロリロリーン 「はぁ…ですよねぇー…。」 そう簡単には心置きなく休めれない。それが地球の平和を守る魔法少女なのだ。 「おっと。それじゃあ、僕は先に行くよ。」 リビングの隅っこに設置してあるノア用の服がかかったハンガーラックから黒いマントを手に取ると、ばさっと肩にかけてワープで姿を消した。面倒だけど、俺も行くか…。鞄の中からステッキを取り出すと、俺はステッキを天高く掲げ魔法少女へと変身する。モンスターの場所へと転送されたらいつも最初に視界に飛び込んでくるのは。 「やぁ、大我。待ってたよ。」 いつもノアだ。 「待ってたって、数秒前まで一緒にいただろうがよ。へへっ、食後の運動に付き合えや!」 ぶんっと回し蹴りをすれば、いつも通り華麗にさらりと交わされる。家でもバトルでもずっとノアと一緒だなんて、気が狂いそうだ。俺達は一体何をしているんだろうか、と思う時もある。 地球を侵略する使命を果たすなら、ノアは俺を倒さなきゃいけないのに俺のことを守るだなんて意味の分からないことを言うし。俺は俺で、ピプには言えないが正直、ノアを殺すことに恐怖を感じている。殺しもしないのに毎日のようにこうして戦闘を繰り広げて俺達は一体どうしたいんだろうか―― 「…よし、帰るか。」 きらきらと綺麗な光が壊れた街を直し終えるのを見届け、俺は自宅マンションへと戻る。あ、やべ。今日は珍しく自宅から変身して行ったから家の鍵持って出てない。ピンポーン、と自宅のインターホンを押す。数秒後、ガチャっと鍵の開く音がしてキィッと扉が開いた。 「おかえり、大我。」 にっこりと微笑みながら俺の腕を引っ張って家の中へと入れると、ぎゅうっと抱きしめられる。ふっと体の力が抜け、リラックスしていくのが自分でもわかる。ノアの匂いを嗅ぐと、なんだか家に帰ってきたと思って安心する。 「抱きしめんな、馬鹿。」 「おかえりのチューもご要望かい?」 「しねぇよ、ばーか。」 こつんっと軽く腹を小突いてやると、ふふっとノアが耳元で笑った。息が耳にかかってくすぐったい。さっきまで戦っていた相手が先回りをして家で待っている。やっぱり、何度考えても意味の分からない光景だ。意味がわからないけど、でも、家に帰ると「おかえり」と言ってくれる、俺の事を待ってくれている人がいるっていうのは、悪くないな。 「…ただいま、ノア。」

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