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第42話「お前の隣は俺、俺の隣はお前」

最近ノアの様子がおかしい。話しかけてもなかなか反応がないし、いつも上の空で何かに悩んでいるような表情が増えた。今だって、何度も名前を呼んでいるのにキッチンに立ったままぼーっとどこか一点を見つめている。 「おい、ノアってば!」 「えっ?あっ、どうしたんだい?」 「どうしたじゃねぇよ。魚焦げてるぞ。」 コンロの火にかけられたフライパンの中で、鮭の切り身が真っ黒で可哀そうな姿になっていた。それを指さして指摘すれば、ノアは慌てて火を止めてがっくりと肩を落とした。顔を青くさせて、新しく作り直すというノアをなんとか宥めて2人向かい合って座り夕食を食べる。 今日は鮭のムニエル。焦げた部分を上手く取り除けば…うん、問題なく食べれる。焦げてない部分はちゃんと美味しい。添え野菜の人参のグラッセを箸で摘まみながらノアの顔をちらりと見た。どうやらまだ魚を焦がしたことに落ち込んでいるようだ。暗い表情で視線を皿に落として箸の先でサラダをつついている。  本当にどうしちゃったんだよ、お前らしくないぞ。こういう時はそっとしておくのが一番だと思いあまり触れないでいたが、流石に心配すぎる。俺は人参のグラッセを一旦皿に戻した。 「ノア。最近お前、なんか変だぞ。どこか調子でも悪いのか?」 「えっ?そうかな?僕はいつも通りだけど…。」 「いつも通りなわけあるかよ。名前呼んでもいつもどこか上の空で全然返事しないし、最近暗い顔してる時多いし。」 「ごめん、僕のせいで嫌な空気にしてしまっていたよね。今後は気を付けるよ。」 「いや、そうじゃなくて…。俺は謝ってほしいんじゃなくて、なんか辛い事あったなら俺に言えよって言ってんの。そりゃ、俺なんかじゃ何の役に立たないかもしれないけど…。でも、もしかしたら何か役に立てるかもしれないだろ。お互い支え合うのが、その…ふ、夫婦って、もん、だろ…。」 自分で言っていて恥ずかしくなった。だんだんと顔を赤くして、言葉が尻蕾になっていく俺が面白かったのか、ノアはふはっと吹き出した。 「な、なんだよ!何笑ってんだよ!俺は真面目に話してんだぞ!」 「あははっ、ごめんごめん。恥ずかしがってる大我があまりにも可愛くて。」 ごめん、なんて謝りながらもまだくすくすと笑い続けるノア。可愛いって言っておけばなんでも許されると思うなよ。  不貞腐れた俺は、もうお前なんか知らん!と吐き捨てて大口でばくばくとご飯を食べ進める。お茶を飲もうと思い、テーブルの真ん中あたりに置いてあるコップに伸ばした手をノアに握られ、指を絡められる。不意のことで思わずドキッとしてしまった。 「大我。僕、大我と一緒になれて本当によかった。ありがとう。ずっとこれからも僕の隣にいてくれるかい?」 「…ほはひはへはほ。」 「ははっ、何言ってるのか全然わかんないよ。」 星のトップに君臨する宝石のような美しい容姿を持っている王子みたいな魔王。片や俺は、何の変哲もないどこにでもいる冴えないただのリーマン。口いっぱいに食べ物を詰め込んで、少女漫画みたいなシーンにさえもうまくはまることができない。こんなかっこ悪い俺のどこがいいんだか。 ノアと一緒になって数カ月たった今でもさっぱり理解できない。でも、そんな俺をノアはいいって言ってくれているんだ。 「当たり前だろ。って言ったんだよ。お前の隣は俺、俺の隣はお前。これマストだから。」 箸の先端をビシッっとノアに向けて言うと、嬉しそうに微笑みながら、こーら、お行儀悪いよ。と言われた。たまに親みたいな細かい指摘をしてくるのは面倒だけど…でも、俺だってこの先もずっと一緒が良い。ノアが隣にいない人生なんて考えられない。絡めた手をぎゅっと強く握り返すと、ノアは目を少し潤ませた。 「何があっても僕達、これからもずっと一緒にいようね。もし、死んだとしても必ず天国でも2人一緒に…。」 ぎょっとした。なんてことを言い始めるんだ。それがいつもみたいに明るい顔で言えばそこまで気に留めることもなかったんだろうけど、今にも泣きそうな切ない顔でそんなこと言われたら、もしかしてノアの命は…なんて、考えたくもないことが脳裏を過るじゃねぇか。 「ノア…お前、まさか――」 「今日のご飯はなっにピップか~♪」 ポンッと音を立てて愉快なリズムの歌を歌いながらピプが現れた。俺たちは慌てて繋いでいた手を解いて、何事もなかったかのように食事をしている空気を作る。 「お、おおお!ピプ!きょ、今日はな、鮭のムニエルだ!」 「相変わらず空気の読めない…!出来損ないの小人族に食べさせるものはないといつも言っているだろう。今すぐ帰れ!というかまじで今日はお帰り願いたいのだがっ!!」 いい雰囲気をピプにぶち壊されてブチギレのノアは、頬を引きつらせながら怒りで力加減が馬鹿になってしまい箸をバキィっと折った。 当然、俺たちが結婚したことはピプには伝えていない。他の誰にも伝えてはないのだが、最もバレないように最前の注意を払わなければならない相手。それはピプだ。  敵同士である魔王と魔法少女が恋に落ちて結婚しただなんて、普通に考えて絶対あってはならないこと。 さすがの俺でもわかる。でも俺達2人はその絶対あってはならないこと、を現在進行形でしている。どうにかして死ぬまでこの秘密を守らなくてはならない。作戦の詳細は後々に決めて行くとして、とりあえず今は、ピプの前では結婚する前の俺たちを演じることにしている。

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