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第49話「操り人形(ノア視点)」

常に暗く闇に包まれた空。赤色に灯る光があちらこちらで怪しく光る。地球とエビルディ星の空気濃度はさほど変わらない。それなのに、どうしてエビルディ星にいると息苦しく感じるのだろうか。きっと、この星には大我がいないからだ。大我の周りはいつもぱっと明るくて全ての物がきらきらと色とりどりに輝いて見える。僕にとって大我は、僕の人生を輝かせる魔法使いだ。大我のいない未来なんて考えられない。どんな手を使ってでも、ずっと一緒にいる。そう誓ったのに。 「あと半年…。」 ぼそっと呟けば、自分の中で大我の残り寿命の認知度が強まって、目の奥が熱くなる。涙が零れないように上を向けば、闇にぽつぽつとまばらに浮かぶ小さな光が視界に入る。 エビルディ星からは地球は見えない。今ごろ大我、何してるかな。エビルディ星と地球じゃ時間の流れに大きな差がある。調べものをすると嘘をついて家を出てからまだ数時間しか経っていないけど、向こうじゃ既に何日間か経っているはず。今すぐ会いたい。会って抱きしめてあげたい。キスをして大我の全身を愛してあげたい。何度も何度も1つになりたい。 離れてもずっと頭の中は大我のことばかり考えていて、やっぱり大我のいない人生なんて考えられないと、改めて強く実感する。今すぐ地球に戻りたいけど、今大我の傍にいると絶対泣いてしまう。そんなかっこ悪いところ大我の前では見せられないし、僕が泣いてしまえば大我はきっともっと不安になってしまう。突然寿命を告げられて一番不安なのは大我なのに、それをさらに煽るようなことはしたくない。 あのままあの場所にいれば耐えきれなくなりそうで、大我を助ける方法を調べるだなんて嘘をついて逃げてきたけど、本当はそんな方法ない。エビルディ星に古くから伝わる魔術は戦闘能力のものばかりで、回復能力の魔術はせいぜい傷を癒す程度のものだけ。復活の呪文なんてものは存在しない。 そんなものが存在するのであれば、とっくに父上は復活している。いっそのこと、父上の存在を完全に消すことができれば地球侵略だなんてしょうもないことしなくてもよくなるのに。 …きっと、この手で父上に止めをさす勇気も出ない僕が一番悪いのだ。やろうと思えばできるのに、父上に怯えてただの操り人形のように言いなりになっている自分が惨めで情けない。相手は姿かたちもないただの魂だと言うのに。 はぁっと溜息をついて項垂れると、脳内で父上の声がした。父上は半径1キロ以内であれば、直接脳に語り掛けることができるのだ。今すぐ部屋に来い、とそれだけを端的に伝えられると、小さな声で、はい。と返事をした。 大きな扉を開ければ、何も置かれていない殺風景な広い部屋。赤黒いカーペットが伸びる先には階段が続いており、そのてっぺんには大きな王座。そしてその王座には黒い光が渦巻いている。父上の魂だ。 「ノア。お前、私に言う事があるんじゃないのか?」  部屋に着くなり父上は僕に向かってそう言った。言った、といっても口がないただの魂。正確には脳に直接語りかけているのだ。言う事…父上に言うことなんてたくさんあるが、どれも言いたくないこと、言えないことばかりだ。僕は何のことやらわからない素振りを見せた。その態度が癪に障ったらしい。父上は声を荒げた。 「何故お前は味方を殺し、魔法少女の味方をしたのだ!!!知らないとは言わせないぞ、ノア!!!」 あぁ、さっきのモンスターのことか。幼い頃からの父上に怒鳴られたときの癖で、つい体は反射的にきゅっと縮こまらせてしまうが、それとは対照的に、脳内は酷く冷静で落ち着いている。さあ、なんて誤魔化せばうまくいくだろうか。 僕は魔王らしく自信たっぷりの笑みを浮かべる。自信のない顔は父上をさらにイラつかせてしまうから。出来損ないと罵られ続けた僕が少しでもこの星で上手く生きるために身に着けた方法の内の1つだ。 「父上、あれは作戦ですよ。魔法少女に僕が味方だと思わせ、油断をさせておくのです。そしてタイミングを見計らって止めを刺す。」 「ほぉ、そうか。それじゃあそのタイミングとやらはいつ来るのだ?地球侵略をし始めてもう150年はゆうに超えているのだぞ。いつになったら地球を我が物にできるんだ、この出来損ない!!」 「そ、それは…。」 それは…なんて答えよう。だって僕は地球なんて…。僕が目を泳がせると、父上は呆れた溜息を吐いた。僕は出来損ない、そんなの幼い頃から言われ続けて自分でも痛いほどわかっている。でも、何度言われても言われるたびに傷ついて、心が沈み荒んでいく。あぁ、駄目だ。大我に会いたい。君にノアが必要だって言って慰めてほしい。黙り込んだままの僕に父上は呆れた声で言う。 「もういい。お前が出来損ないなのは遥か昔からわかっていることだ。そんなお前が少しでも役に立てるようにまた新しい力を授けてやる。」 「っ!!い、いえ、それは!この前もお力をいただいたばかりですし、僕はっ!」 必死に抗議する僕の言葉など聞こえないかのように白衣を着た研究医に命令をして僕を取り押さえれば、無理矢理別室へと連れていかれる。ボコボコと不気味な色の液体が煮えたぎっている大きな鍋窯やホルマリン漬けにされた謎の生物がずらりと並ぶ部屋。薬品の匂いがつんっと鼻を刺激する。僕の腕を拘束する数人の腕を振り払って逃げようとしたが、首に注射器で何かを打たれてしまいへなへなと力が抜けて少しずつ意識が遠のいていく。 父上は昔からこうだ。僕が何かヘマをする度にこうして“新しい力を授ける”と聞こえの良い言葉を言って、僕を改造するのだ。父上が魂だけの姿になった日から、数えきれない回数の改造をさせられるようになった僕は、通常のエビルディ星人と比べて異常なほどの力や能力を持っている。 改造をした直後は少なくとも新しい力が体に馴染むまで最低でも5カ月は感覚を空けるのが通常だが、ここ最近は改造の頻度があまりにも頻繁すぎる。なかなか地球侵略プロジェクトが進まないことに苛立っているのか、1週間に1回のペースで改造をさせられている。 正直、体はもう限界だ。頭がぼんやりとすることが多くなって体調不良が続いている。これ以上改造を立て続けに行われたら、僕の体は壊れてしまうかもしれない。帰らなくちゃ、大我の元に。カプセルの中に入れられてぼやけていく視界の中、大我の名前を呟く。大我…会いたい、会いたいよ。

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