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第50話「時は来た」

――時は来た…! 手離していた意識がふわっと戻った瞬間、父上の声がした。ぼんやりとした頭でカプセル越しに見えるゴーグルをした研究医達の顔を見ていると、突然ドクンっと心臓が大きく跳ねて、張り裂けるような痛みが走る。 その痛みは心臓を中心に全身に駆け巡り、びりびりと全身が痺れて頭は割れそうなほど痛み始める。狭いカプセルの中で叫び声を上げて痛みに耐えながら僕は暴れた。自分の身に何が起こっているのかまったく理解できなかった。苦しくて苦しくて、僕はこのままここで死ぬのだろうか。そんなの嫌だ。だって、ずっと大我と一緒にいるって約束したのに。 一筋の涙が目から零れ落ちた。次の瞬間、ぼやけていた視界がどんどん黒い霧で覆われた。一瞬にして視界が真っ黒い闇で覆われ全身の痛みが少しずつ和らいでいく。何の感覚もしない。まるで五感を全て奪われたみたいな感覚だ。自分の体がまるで自分のものじゃないような気がする。必死に手を足を動かそうとしてみるが、動いている感覚がしない。 「ノア。」 「…父上…?」 「お前はよくやってくれた。さすが、我が息子だ。」  こんな風に父上に褒められるのはいつぶりだろうか。幼い頃、父上に褒められたくて父上が大層気に入っていた僕のクラスメイトの女の子を家に連れてきて彼女だと紹介した時以来かもしれない。本当は親友の彼女だったのに、僕は親友から彼女を奪ったのだ。 どんな手を使ってでも自分のものにしたという事実に父上はこれ以上ないほど喜んで褒めてくれた。彼女の事は好きでも何でもなかったのに、ただ父上に褒められたい、認められたいという一心で親友にも、彼女にも最低なことをしてしまった。 あの時は嘘をついてでも父上に褒められたかったし、嘘なのに褒めてもらえたのが心の底から嬉しかった。でも、今は違う。褒められてもまったく嬉しくもなんともない、父上に認められたところで何の喜びも感じない。 「父上、僕は…。」 「出来の良い息子、ノア。お前はもう用済みだ。」 父上の言葉に耳を疑った。 用済み…?どういう意味だ。 ぷしゅーっとカプセルの扉が開く音がすると、黒い霧が晴れていく。あぁ、よかった。やっと改造が終わったんだ。早く大我の元に帰らなくちゃ。体を起こそうと腹筋に力を入れてみるが、一向に体は起き上がらない。それどころか、手も足も、目も口も全て思うように動かない。一体、これはどういうことだ――!? 「ノア、お前は用済みなんだよ。」  動かしたつもりのない口が何故か勝手に動き、僕の声で僕の意志とは違う言葉が発せられる。 「何が起こっているかわからない、と言ったところか。簡単に言えば、お前の体は今日から私のものだ。私の新しい器となったのだ、誇りに思えノア。」 くっくっくっと喉で笑う。僕の意志とは裏腹に、勝手に体が動いてカプセルの外に出てぐぐっと手を天井に伸ばして背伸びをする。僕の体なのに、なんで、どうして…。必死に手を動かそうとしても僕が思うようには1ミリも動いてくれない。 「私の魔力は膨大だ。だから代わりの器となるものがない。そこで私は考えたのさ。ないなら作ればいいってね。それなら同じ血が通っているノア、お前を器にすれば適合性も高く確実に成功すると私は思ったのだ。お前を器として改造するのには随分時間がかかったよ。魔力も精神力も貧弱すぎる。同じ血が通っていなければ確実にお前を器に選ばないレベルだ。でも、こうしてようやく新しい器を手に入れた。ノア、感謝しろ。お前は父親の私に認められ、選ばれたのだ!」 はーっはっはっは!と声高らかに笑う父上。どうしよう、このままじゃ地球が…大我が危険だ!焦る気持ち。どうにかしなきゃいけないと思うだけで体を完全に奪われた今の僕にできることなんて1つもない。ぐるぐると思考を巡らせこの状況を解決する方法を必死に考えていると、ほぉ…と父上が感嘆の声を上げた。 「大我…。それがお前の大切な人でありながら、敵である魔法少女なのか。」 体は父上に乗っ取られてしまい、心臓が僕の気持ちで動くはずないのにドクンっと心臓が跳ね上がったような気がした。 「お前の思っていることは脳内で共有できるんだ。つまり、お前が今まで地球侵略をしている素振りを見せて嘘をついていたということも、今私に全て筒抜けになった、ということだ。」 呼吸が浅くなっていく。どうしよう、どうしよう。あぁ、でも考えたらだめだ。考えたら全て父上にバレてしまう。でも、どうにかしないと、でも―― なにもかもわからなくなって頭が真っ白になっていく。 「やっと考えるのをやめたか。まったく、脳内でお前があれこれ思っているとうるさくて仕方ない。どうせお前が何を考えていたってどうすることもできないのだ。お前は私の中に封じられたまま、地球が滅び我が物になる結末を見届けるのだよ。」 バサッとマントを羽ばたかせ、父上は地球へと向かった。 大我、どうか大我だけでも逃げてくれ。君には少しでも長く笑って生きていてほしいんだ。

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