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第2話

 男は、その均整のとれた長身で最旬のスーツを着こなしている。てっきり、こじゃれたカフェに案内されると思っていただけに意外な選択だった。  鳩時計、レコードプレイヤーに黒電話……昭和レトロな品々を眺めやったあとで、妹尾はテーブルの向こう側に視線を戻した。 「いい意味で穴蔵っぽい雰囲気があって、長居をしたくなる店ですね」 「だろう? 申し遅れましたが、わたくし、こういう者です」  名刺を差し出されて、交換に応じた。 「紺野英生(こんのひでお)さん……食品メーカーにお勤めの営業マンなんですね」 「そちらは出版社の営業マンなのか。わかくさ書房っていったら中堅どころだな、妹尾さんは確かに読書家のイメージがあるよ。年齢(とし)を当ててやろうか、ずばり大卒三年目の二十五歳」 「タメ口の理由がわかりました。今年で三十歳になったので残念賞ですらありませんね」  紺野は帽子を脱ぐ真似をしてみせた。 「なんだ、ふたつも年上なのか。大学生で通用する童顔だと取引先にナメられて苦労するだろ……失礼、根が正直で」 「紺野さんは堂々としているぶん、老けてみられるほうでしょうね……すみません、嘘をつくのが下手なんです」  妹尾はにこやかにやり返して、メニューをめくった。そういえば、とお冷をひと口すする。紺野と差し向かいでコーヒーを飲むのは、これが初めてだ。  紺野とは一応、面識があった。それは、おそらく担当するエリアがダブっているためだ。妹尾が外回りの途中で資料の整理をしがてら(くだん)のコーヒーチェーン店でひと休みしていると、紺野が遅れてコーヒーを飲みにきたことが何度もあった。紺野が先に来ていてカップを片手にタブレットをいじっている、という逆のパターンも少なからずあった。  いつしかスモーカー同士の連帯感のようなものが芽生え、あの店で行き合わせたときは会釈を交わすのが習慣になった。ただし、苦手意識が先に立って話しかけるには至らなかった。  紺野は彫りの深い精悍な顔立ちをしていて、見るからに肉食系だ。線の細い妹尾とは、総じて真逆のタイプだ。  紺野はブラジル、妹尾はいちばん安いハウスブレンドを注文した。店主が二種類の豆を()きはじめたのを機に、紺野は道すがら買ってきた煙草のセロファンをはがした。それから封緘紙(ふうかんし)を挟んで、それぞれ「人」と「入」の字と読めるふうに折りたたまれた銀紙のうちの「入」のほうを丁寧に引き開けた。 (真剣勝負みたいな手つきだ……)  妹尾も煙草をテーブルの上に置いたものの、紺野の手元に自然と見入ってしまう。すると当の本人は、奇妙なことをやりはじめた。  封緘紙の上面をライターの底で軽く叩き、もっとも高く飛び出した一本を抜き取った。そして何かを唱えながら上下逆さまにパックに戻したのだ。

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