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第3話

「面白いことをしますね。意味深な、という感じの」 「おまじないだ。おねがい煙草って聞いたことがないか……ありませんか」 「寡聞にして知りません」  妹尾は微苦笑に頬をゆるめて言葉を継いだ。 「おれが年上だと知って敬語にシフトチェンジしたのでしょうが、無理する必要はありません。今も舌を嚙みましたよね」  バレたか、と肩をすくめた紺野によれば、祈りをこめたうえで逆さ向きにパックに戻しておいた煙草を最後に吸うと、 「……願いが叶う、と言い伝えられている」 「願かけとは、わりと古風なんですね」 「内心呆れてるだろ。子どもだましだと馬鹿にするなよ。ひとつめの願い事が今日叶ったあたり霊験あらたかなんだ」  うれしげな視線が妹尾の名刺に流れた。 「呆れても、馬鹿にしてもいません。ロマンティストなんだな、と感心したんです」    紺野は、ふくれっ面になって煙草を咥えた。   べつに機嫌をとる筋合いでもない。妹尾は妹尾で、休憩後の仕事の段取りを考えながら紫煙をくゆらし、そこにコーヒーが運ばれてきた。  ブラックでひと口飲んで妹尾は目を瞠った。ふくよかな味が口の中いっぱいに広がり、バニラを思わせる香りが鼻に抜けていく。 「美味しい……。コクがあって甘みもあって、過去イチの美味しさです」 「だろ。絶品のコーヒーを飲ませる店なのに、たいがい閑古鳥が鳴いてて穴場なんだ」 「おかげさまで。紺野くんがいらしたときに限って閑古鳥が百羽ほど飛び交います」    と、五十がらみの店主は太鼓腹を揺すると、紺野に拳骨をみまう仕種をみせた。  紺野は拳固をよけるふうに上体をひねった。目尻に皺がきざまれると、俺さま気質の男、という印象が人なつっこいものへとがらりと変わる。 (おれは色眼鏡で彼を見ていたんだな……)   妹尾は白い歯をこぼした。一滴、一滴を惜しむように舌鼓を打っていると、 「梅雨時の話なんだが、憶えてるか」  ずい、と身を乗り出してこられた。ぎょっとして、思わず椅子を後ろにずらした。 「外回りの途中で雷雨になって、避難したのがさっきのコーヒーショップだ。ついでに一服するはずが、まさかのガス切れ。隣の席の男にライターを貸してほしいと頼んでもシカトされて」  熱っぽい眼差しを向けられた。 「苛つきまくる俺に『予備があるから』って新品のライターをくれた妹尾さんが天使に見えた」 「そんなこと、ありましたっけ?」  紺野は大きくうなずくと居住まいを正した。 「実はあの日は契約を一本打ち切られて、ヘコんでいたんだ。だから、なおさらじぃんときた。あの節は、お世話になりました」  深々と頭を下げると、一転して悪戯っぽく目をきらめかせて、 「やっと礼が言えてすっきりした。と、いうわけで。ここは俺のおごりだ」  素早く伝票をさらっていった。

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