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第2章 ためらいと嘘

    第2章 ためらいと嘘  営業マンの七つ道具を詰め込んだトートバッグは、肩にずっしりくる。妹尾は書店の事務室に通されると、 「弊社の新人賞を受賞した作家のデビュー作で、クリスマスシーズンに向けてのイチ押しです。ポスターもお持ちしましたので、ぜひとも売り場に貼ってください」  刷り上がってきたばかりの絵本をにこやかに差し出した。  店長はおざなりにページをめくるのもそこそこに、妹尾を相手に愚痴をこぼしはじめた。  万引きが一向に減らない、アルバイトが居着かない、ネット書店に押されてジリ貧だ──等々。  八つ当たりめいた嫌みを言われても、神妙に相槌を打ちつづけた。ただし眼鏡をかけぐあいがしっくりこないふうを装って、ときおり事務机に視線を流したが。  今回の往訪目的である絵本は打ち捨てられたままだ。そのうえ〝えいえんの原っぱ〟という表題も、野原にちょこんと座っているという構図で描かれたウサギの後姿も、帳簿の下に隠れてしまっている。  妹尾は密かにため息をついた。店長の気乗り薄な様子からいって、一冊置いてもらえれば御の字だ。勤め先のわかくさ書房は児童書に強いが、〝えいえんの原っぱ〟はむしろ大人向けだ。平易な文章で綴られた物語は含蓄に富んでいて、〝泣ける本〟という評判が口コミで広がれば、若い女性たちの支持を集めるに違いないのだが。  店長が電話に出た。妹尾は、それを機に売り場のほうに顔を出した。平日の昼下がり、というエアポケットに入ったような時間帯ゆえに客の姿はちらほらと見受けられる程度だ。 「お疲れさまです。ちょっと、いじらせてもらいますね」  妹尾は顔なじみの店員に微笑みかけると、書棚の整理にとりかかった。いたずら盛りの子どもがうろちょろするという性格上、児童書のコーナーはどうしても乱雑になりがちだ。乳幼児用の椅子を並べなおし、音が出る絵本につけられた指紋をふき取った。スタンド式の回転ラックからライバル社の絵本を抜き取り、棚ざしになっている自社のそれと入れ替える。こすっからいようだが、それも営業マンの重要な仕事のうちだ。  棚の数は限られている。しかも業界全体が冬の時代に突入して久しいにもかかわらず、出版点数は逆に増す傾向にある。そこへもってきて、平台は大手の出版社に独占されがちだ。だからこそ担当する書店に足しげく通って、顔をつないでおく必要がある。  もっとも他社の営業マンも同様のやり方でスペースを確保するために、イタチごっこに終始する。少々、あこぎな手をつかってもライバルをだしぬかないことには、梱包を解かれないまま版元に送り返されて裁断機にかけられる本が続出してしまう。  妹尾は、いわば出版不況というサバイバル競争で生き残るために前線に送られた兵士のようなものだ。   特に、絵本の場合は重版がかかってからが本当の勝負だ。親子二代にわたって読み継がれるロングセラーに育てていく。それが作者はもとより関係者全員の切なる願いで、ゆえに妹尾は靴底をすり減らして歩き回っている。

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