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第7話
(こそこそして変じゃないか……)
妹尾は首をかしげ、かたや紺野はおそらく自分に気合を入れた。小気味よい音を立てて自分自身の頬をひっぱたくと、逆方向に足早に去っていった。
それを機に妹尾も踵 を返した。あの店のコーヒーはすこぶるつきに美味だが、給料日前で財布が淋しい。渇きを癒やすため、と割り切れば水道水で十分だ。
眼鏡を押しあげた。菓子パンでもかじってもうひと仕事、とトートバッグを肩にかけなおす端から足どりがにわかに重くなる。正直にいえば、がっかりしたのだ。タッチの差で紺野と入れ違いになって。
入社以来、経理畑を歩いてきたのだが、今春の人事異動で営業部に配置転換になった。口下手な自分なりにがんばっているつもりでも、ストレスはたまる一方だ。
その点、紺野はコミュニケーション能力が高い。あやかりたい、現状を打破したい、それには紺野と話すことで何かヒントを得られるかもしれない。そう思って寄り道したのが期待外れに終わって、腹いせまがいに紺野を避けてしまった。要するに、そういうことだ。
偉丈夫でありながら、おまじないに頼る乙女な面を併せ持つ。今まで周りにいなかったタイプの男に興味をそそられる反面、劣等感を刺激される。
紺野にもういちど会いたい気持ちと会いたくない気持ちがせめぎ合って、その夜は一気読み必至のサスペンス小説を読んでも内容はちっとも頭に入ってこなかった。
翌々日の黄昏時、雨模様にもかかわらず、遠回りをして茶房へと向かった。
今日も昼休みを返上して担当する地区を駆けずり回ったのだ。時間の配分はある程度自由裁量に任されているのが営業マンの利点で、小休止をとる権利がある。断じて、紺野との接点があの店に限られていることとは関係ない。
もうすぐ極上のコーヒーにありつける。上着の裾が茶房の看板に触れると生唾が湧き、扉を開ける前に髪を撫でつけた。
磨りガラス越しに店内の様子を窺った瞬間、図らずも胸が高鳴った。紺野は来ていた。カウンターのいっとう端の席に腰かけて、難しい顔で金属製の何かをがちゃつかせていた。
サボり魔め、と強いて毒づいた。自分のことは棚に上げて、と苦笑した。コソ泥のようなふるまいを滑稽とは言わないか?
怖じた。紺野がきていないときに出直してこよう。そう思って回れ右をすれば、天邪鬼ぶりを嘲笑うように雨が降りはじめた。
見本に持ち歩いている〝えいえんの原っぱ〟を濡らしたら、後半の得意先周りにさしつかえる。言い訳に言い訳を重ねたすえに、単に雨宿りに立ち寄った、というふうを装ってトートバッグを抱え込んだ。
ノブを回し、カウベルの音色に迎えられると、絶叫マシーンが急降下をはじめる直前のように緊張感が頂点に達した。
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