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第9話

「面倒な手順を踏む、よりどころとなるものが都市伝説の類い。願いを聞き届けてもらえる云々じたい売り上げが右肩下がりのJTが流したデマで、計略にまんまとひっかかったのかもしれませんよ」 「意外に辛辣……それ、サンプルなのか」  そう言うや否や身を乗り出すと、獲物に襲いかかる鷹さながらの敏捷な身のこなしでトートバッグを摑み取った。 〝えいえんの原っぱ〟がバッグの口からはみ出していた。それが抜き去られた。  電光石火の早業に幻惑されて、制止しそこねた。ワイシャツの胸元から漂ってきた日向くさいような余薫に鼻孔をくすぐられて、それで遅れをとったという事情もあった。  紫煙がたなびき、椅子が軋めいた。妹尾は、はっと我に返ると柳眉を逆立てた。腰を浮かせて〝えいえんの原っぱ〟を奪い返しにかかったものの、紺野はいち早く背もたれの側を向いて表紙をためつ眇めつしていた。 「最近は、このテの大人びた装丁の絵本が流行りなのか。なるほどなあ、道理でいまどきのガキんちょがマセるわけだな」 「発売前の本でいちおう社外秘扱いです。おれの責任問題になります、返してください」 「SNSでネタばらしされるかも、って警戒してるのか? 常識はわきまえている、信用しろって」  宣誓、と鹿爪らしげに片手を挙げてみせるさまにほだされた。妹尾が渋々ながらうなずくと、紺野はしてやったりとばかりに表紙に頬ずりをした。寓話的だな、えげつないな、とツッコミを入れつつページをめくるにつれて、まばたきをする回数が増えていった。そして半分ほど読み進めたあたりで、しきりに(はな)をすすりはじめた。 「まさか……泣いてませんか」 「うるさい。こんな切ない話を読んだら殺人鬼だって泣くに決まってる」  それは、ちっぽけなウサギが〝えいえんの原っぱ〟と呼ばれる楽園を捜し求めて時間旅行をする物語だ。あくどい毛皮商人、ウサギのシチューに目がない王さま。さびしがり屋の男の子に、煮えたぎった海原に棘に覆われた大地……。  幾多の試練がウサギをみまう。ウサギは傷だらけになりながらも、誇らしげに髭をうごめかして再び旅立つ。  だいじょうぶ、ぼくの居場所は必ず見つかるからね──と。  と、紺野が賞状を授与するような手つきで絵本を返してよこした。 「まいった、心の琴線ってやつに直撃だ」  充血した目をしばたたきながらスマートフォンをタップして、メモ帳を開いた。 「発売日はいつなんだ。必読書だ、と同僚そのほかに薦めてベストセラーを狙うぞ」  その熱っぽい口ぶりからいって、とうていリップサービスとは思えない。妹尾は微笑んだ。涙もろい一面にどころか、かえって好感をもった。なのに口を開けば、毒がしたたる言葉があふれ出す。

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