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第14話

「懺悔する。さっきのはタヌキ寝入りで、合法的に妹尾さんにくっつくために、ひと芝居打った」  はっ、と顔をあげた。だが、すらりとした後ろ姿は乗降口の向こうに消えたあとだ。 (タヌキ寝入りに、ひと芝居……?)  眼鏡に触れた。肩を貸せ、と上から目線で言ってよこすのが紺野というキャラにふさわしい。ところが彼の弁によれば、妹尾に自然ともたれて眠るというシチュエーションを演出するために一計を案じた?  貸し損だったのかと、やけにすうすうする肩をさすった。真っ暗な部屋に帰る自分にひきかえ、紺野はこれから旧友たちとわいわいやるのだ。  笑い上戸に泣き上戸、それともからみ上戸。彼は、どんな酒癖の持ち主なのだろう。ザルかもしれないし、キス魔に変身することもありうる。ただ、ひとつ確実なのは、にぎやかに酒を酌み交わしている間、一知人にすぎない妹尾のことなど忘却の彼方にあるのだ。 (おれとも今度飲みにいきましょうよ、って誘ってみればよかったんだ……)  ひがみ根性丸出しで、くよくよするくらいなら。  と、ホームに面する窓がノックされた。頭を振り向けたせつな紺野と目が合い、咄嗟に睫毛を伏せた。  紺野が、自分の顔と妹尾の顔を交互に指さした。次いで両手の指でハートを形作りながら、何かを話しかけてきた。 (〝ま・た・あ・し・た〟……?)  発車ベルにかき消されて、どんな言葉が紡がれたのかは定かではない。しかし唇が開閉するさまは、白黒映画の中でその一点にだけ彩色がほどこされているように網膜に焼きついた。  妹尾は上体をひねり、車窓に目を凝らした。読唇術の心得などないが、おそらく正解だ。〝またあした〟。  心の奥に明かりが灯るような、あたたかい響きがある。このテの約束を誰かと交わすのは、いつ以来のことだろう。ただし紺野流のジョークだとしても、ハートマークはよけいだ。一応、あちらのノリに合わせて、こちらもあたりでやり返すべきなのだろうか。  迷っている間に電車は発車した。ふざけて投げキッスをよこす紺野の姿が、線路の向こうにどんどん遠ざかっていく。  眼鏡をかけなおす(てい)で、もういちど肩を撫でた。さらりとした髪の感触が残っているようで、無性に切なくなった。

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