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第5章 夢は見ないと決めたから

      第5章 夢は見ないと決めたから  魔が差すことは誰にでもある。人を殺めたというならともかく勃起中枢に異常をきたしたことくらい、かわいいものだ。  紺野に合わせる顔がない一件について無理やり自分を納得させたものの所詮、詭弁だ。妹尾は、ひどい自己嫌悪に陥った。    ──このあいだ、うっかり紺野さんでヌイちゃいましたよ……。    そんなふうに、あっけらかんと懺悔できる性格なら苦労はしないのに。妹尾は営業部のホワイトボードに行き先を記入しながら、深いため息をついた。  後ろ暗いところがあるかといって茶房を避けて通れば、フットワークの軽い紺野のことだ。近隣の書店をしらみつぶしに訪ねて回って、妹尾を捕まえるべく網を張るくらいのことはやりかねない。ただの煙草仲間によけいな手間をかけさせるのは、心苦しい。  結局、カサブタをかきむしって傷を悪化させるように三日にあげずコーヒーを飲みにいく。皆勤賞、と店主に感謝されるほど茶房に足しげく通ってしまう(しん)の理由が、どんな感情に根ざしているのか突きつめて考えようとしたとたん、安全装置が働いたように眼鏡のかけぐあいが気になりはじめる。  かくして問題は棚上げにされたっきり、日ごとに風が冷たさを増していく。  もっとも遭遇率の高い時間帯を狙って茶房に日参しても、必ずしも紺野に会えるとは限らない。週末を挟んで、行き違いに終わる日が五日もつづくと、ツイていない、と嘆く。季節柄も相まって、やるせなさがつのる。  だからといって紺野に宛てた伝言を店主にことづけていくのは〝重い〟と厭わしがられる行為に思えて、ためらわれた。  会社から貸与された、という携帯の電話番号なら名刺に記載されている。だが、私用の電話をかけるのは気がひける。ああでもない、こうでもない、と屁理屈をこねている暇があるならプライベートの連絡先を交換し合ったほうが、よっぽど建設的だ。 「あの、紺野さん。遅まきながら……」  決心がにぶらないうちに、とスマートフォンをタップしたものの、物問いたげな目を向けられると、へどもどして話を逸らしてしまったことが一度ならずあった。たかがLINEに加えてもらうくらいのことに、どうして手こずるのだろう。臆病者、と自分を罵っても勇気が出ないものは出ないのだ。  だが、紺野のほうから何も訊いてこないということは、とりもなおさず妹尾との関係は現状維持でいきたい、という意思表示に他ならない。以前、飲みに誘ってきたことにしても社交辞令にすぎなかったのだろう。 (べつに、どうしてもIDを交換したいってほどでもないし……)  紺野との仲がLINEでやりとりをするまでに進展すれば、無駄足を踏まずにすむ。そういった利点があることは、あえて無視した。

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