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第20話
表面上は代わりばえがしない日がつづき、ところが今年の秋に限って街をそぞろ歩くカップルの姿がやけに目につく。寝つきも悪くなった。ひんやりした布団にくるまると、ついつい下肢に手が伸びる。
二度目は出来心ではすまない。そう自分を戒めても、紺野の笑い顔や仕種の数々を思い返して昇りつめてしまう……。
ともあれ同席しても会話は最小限にとどめ、その日の後半戦に向けての英気を養う。
常連コンビ、と認定されるころには、そんなルールが自然とできあがっていた。ただ、光の加減だろうか。妹尾を値踏みするような色が時折、切れ長の目に宿る。ふたりの間を流れる空気の質が微妙に変化したときは即座に退散するに限る、と妹尾は思い、実践した。
「待った、途中まで一緒にいくぞ」
と、いう調子で紺野が肩を並べてきても知らんぷりを決め込み、自分自身、後ろ髪を引かれる面があっても一目散に逃げた。
ともにすごす時間は一回あたり、せいぜい三十分程度。その三十分が、貴重な活力源になった。それでいて、
「そっちが年上なんだ。休憩中は敬語禁止、となんべん言えば『うん』と言うんだ」
紺野がぶすくれても、
「社会人としてのケジメです」
すげなく切り捨てる始末。
(バレたら、確実にどんびきされる……)
いかがわしい妄想に紺野を登場させて、夜な夜な吐精する。それが病みつきになっただなんて、常軌を逸している。万が一、ボロを出したが最後、軽蔑されて変態呼ばわりされて、二度と笑いかけてもらえなくなるのは必至。
〝紺野英生〟は今やオアシスに等しい存在だ。それを失いしだい妹尾は、食べて眠って仕事をするだけのロボットに成り果てる。
秘密を守り通すためには、よそよそしい態度を崩さないこと──鉄則だ。
危ういバランスを保つヤジロベエのようだ。妹尾の心の中では紺野に対する好意と疎ましさがせめぎ合い、葛藤のうちに街路樹が色づきはじめた。やがて木枯らし一号が吹き荒れて、営業マン泣かせの季節が到来した。
氷雨が降る日でも、鼻歌交じりに児童書のコーナーをひと回りしていたと見える。販促品を届けに訪れた書店で、古株のアルバイト店員にこんなふうに冷やかされた。
「妹尾さんは最近、明るいっすね。わかった、彼女ができたんでしょ、クリスマスに向けて準備万端なんだ、いいなぁ」
べつに、と濁すそばから頬が紅潮した。図星だと、たたみかけられてそっぽを向けば肯定したも同然だ。社内でも同様の憶測が乱れ飛び、ムキになって否定すればするほど、妹尾柾樹に恋人ができた〝らしい〟に尾ひれがついていった。
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