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第21話

   そんなある日、噂の出所である同僚と出先でばったり会った。すると小田という同僚は、泣き落としに訴える形で茶房についてきた。 「なんだ、つれていくのをやけに渋るから、おめあての可愛いウエイトレスでもいるのかと期待させといて。ふつうに隠れ家的な喫茶店なんだな」 「だから期待外れに終わるよ、って断っておいただろう」  ドアを押し開けた瞬間、妹尾は立ちすくんだ。  案の定というか、折悪しくというか、定席といえるテーブルに紺野の姿があった。ドア口を向いた顔が輝き、だが底抜けに明るい笑顔は仏頂面に取って代わられた。紺野はカップを鷲摑みにコーヒーを飲むと、品定めするように小田を()め回す。それから腕組みをして、椅子にふんぞり返った。  サル山のボスめいた態度に、かちんときた。妹尾は紺野に冷たい一瞥をくれると、小田を促してカウンターに並んで腰かけた。 (俺がこの店のご意見番だ、みたいに小田を威嚇してナニサマだ……)  妹尾は眼鏡を押しあげた。心の中で紺野を毒づけば毒づくほど、自分の軽率さが悔やまれる。しこりが残ったとしても、聖域のように特別な場所に小田をつれてくるのはやめておくべきだった──と。  同期という気安さも相まって、小田は飲み会のときと同じノリで妹尾をいじる。太らないな、と脇腹の肉をつまんできたかと思えば、 「さらっさらの、ふさふさで羨ましいったら。俺なんか最近、生え際がヤバくてさ」  妹尾の髪の毛をざんばらにかき乱す。さらに悪乗りして、 「禁煙を一瞬、やめる」  妹尾の指の間から吸い差しをかっさらって咥えるありさまだ。 「……間接キスかよ」  ドスの利いた声が鼓膜を震わせた。  どきりとした。妹尾は、唇に戻された煙草を吸わずに揉み消した。ただでさえ小田がじゃれかかってくるたびに殺気を感じていた。カウンターの後ろの壁にカップボードが設えてあって、そこのガラス戸に忿怒の形相が映し出される。  そのガラス戸を介して紺野と視線が絡んだ。切れ長の双眸は剣呑にぎらついて、皮膚が粟立った。  妹尾は反射的に紺野を睨み返すとともに、疑問に思った。営業マンの適性にすぐれた紺野ならば人脈作りの一環と位置づけて、むしろ小田に愛嬌を振りまきそうなものだ。ところが露骨に敵愾心(てきがいしん)を燃やすとは、およそ〝らしくない〟。  美味い、とひとしきりコーヒーを誉めそやすと、小田はスマートフォンをいじりはじめた。妹尾もシステム手帳を開き、そこにしみじみと口調で言われた。 「黒歴史をほじくり返すけど、ここのとこ元気が出てきたとこ見ると、やっと吹っ切れたんだな。婚約破棄事件の後遺症は重かったもんな」  唇の前に人差し指を立てたが、遅かった。背後で椅子ががたつき、紺野が立ち上がった気配に心臓が跳ねた。身構える暇もなく、紺野が、妹尾と小田の間に割って入る形にカウンターに手をついた。

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