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第6章 仮面がひび割れるとき
第6章 仮面がひび割れるとき
妹尾は、ため息混じりに利用明細書をたたんだ。婚約破棄の一件は精神 のみならず、経済的にも爪痕を残してくれた。給料の何割かを借金の返済に充てているために毎月、懐が淋しい。
それでも定職についているだけ恵まれている、と荒っぽく眼鏡を押しあげた。
ATMから出たとたん、突風によろめいた。 コートのポケットに手を突っ込み、落ち葉が散り敷かれた道を辿って取引先を訪ねて回る。あちらこちらの店先に飾られたクリスマスツリーに、胸がつきりと痛む。街がハロウィン一色に浮かれ返った日から、まだひと月足らずだ……。
(紺野さんときたらジャック・オー・ランタンに扮して。あれは傑作だったな……)
今年の秋、と題された本のどのページを開いても紺野にまつわるエピソードで埋め尽くされている。これ以上、おれの心に居座りつづける気なら家賃を請求してやる。そう呟き、紺野になぞらえた落ち葉を踏みにじりかけて、やめた。
凛と背筋を伸ばして、大型書店のエントランスをくぐった。
「お世話になっております、わかくさ書房の妹尾です。店長はお手すきですか」
にこやかに用向きを伝えても、商談に応じてもらえるかどうかは運任せだ。大手出版社の営業マンと、それ以外の営業マンの待遇には歴然とした差があるのは今に始まったことじゃない。後日改めて、と丁重に送り出してくれるなら御の字で、居留守を使われることもままある。
無理もない、とトートバッグを肩にかけなおして次の取引先に向かう。通常の配本に加えて、年賀状のガイドブックやカレンダーや家計簿といった季節物の書籍が大量に入荷する時期だけに、どこの書店もてんてこまいなのだ。
七件目の往訪先で、ようやく事務所に通してもらえた。壁際には返本を詰めた段ボール箱が山をなしていて、わかくさ書房の刊行物もちらほらと混じっていた。
「とびだす絵本を主体にして、各種の仕かけ本が一堂に会する形のクリスマスフェアに、ぜひご協力のほどを……」
と、わかくさ書房が主催するキャンペーンに参加した場合の利点を並べても、店長は生返事で濁すのみ。米搗きバッタのようにぺこぺこと頭を下げている最中も、ともすれば視線が壁に流れる。
寿命が尽きた本の宿命だ、在庫を減らして新刊を仕入れるのは経営戦略の一環だ。そう自分に言い聞かせても、割り切れないものは残る。自社の刊行物が書籍の墓場行きを宣告されるのは、やるせない光景だ。
(本は作者の魂、と表現していた紺野さんが、業界の実態を知ったら嘆くだろうな……)
粘り強く交渉しても結局、色よい返事はもらえなかった。空振りかと、いちいち腐っていては身が持たないが、行く先々で帰れよがしな応対をされると、さすがにヘコむ。
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