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第27話

(三十歳にもなって矛盾の塊だ……)  眼鏡をずらして瞼を揉んだ。紺野をでしゃばり呼ばわりして仲違いをする原因を作っておきながら、偶然の再会を期待して茶房に通いつめる。我ながら、こすっからくていやになる。 「サービスです。お茶うけにどうぞ」  煎ったコーヒー豆に砂糖衣をまぶしたものが、供された。礼を言い、ひと粒つまんでみると、ほろ苦さと甘みが絶妙のハーモニーを奏でる。 「美味しい……コーヒーには、こういう楽しみかたもあるんですね」 「『糖分は脳味噌の栄養素だ。妹尾さんみたく神経質なタイプはガッツリ甘いものを摂らないと、道ばたで貧血を起こしてぶっ倒れておっ()ぬぞ』──どうです? 紺野くんなら言いそうでしょう?」 「言えてます。ものまねが上手ですね」 「もちネタは紺野くんだけですよ。彼の場合は良くも悪くも個性が強いから特徴を摑みやすい」  ですね、と共犯者めいた笑みを交わした。もうひと粒、コーヒー豆をかじると今度は甘みが(まさ)った。  そうだ、紺野を食べ物に喩えるなら、滋味が豊かで野趣に富んだ獣肉あたりだろうか。本人は「俺は特A級の松坂牛だ」と反論するだろうが。  と、店主が問わず語りに話しはじめた、 「九月にぎっくり腰をやりましてね。これがまあ、痛いのなんの。脂汗はだらだら流れるわ、涙はぼろぼろこぼれるわ、ミルのハンドルを握ったままぴくりとも動けなくて」 「あれは、地獄の苦しみだそうですね」 「聞きしに勝る、ですよ。そのとき救急車を呼んでくれたり家族に連絡してくれたのが、その日たまたま初めてうちに来た紺野くんで、てきぱきしていて頼もしかったなあ。彼は男気がありますね」    お節介だから、と反射的に毒舌をふるいそうになった。妹尾は自分で自分の足を蹴飛ばすと、コーヒー豆を嚙みくだいた。おおらかさと繊細さを兼ね備えた紺野らしいエピソードに、頬がゆるむ。そうだ、ずけずけと物を言うようでいて彼は人一倍やさしい。 「うっかりしてた。紺野くんに渡しといてくださいよ、忘れ物」  ウインクと共に、オイル式のライターと煙草のパックを押しつけられた。 「この店以外のつき合いはないんです。預かれません、困ります」 「人間関係は、こじれる前に修復するのが鉄則ですよ……いらっしゃいませ」  四人組の客が、そろってアレンジコーヒーを頼んだ。注文をさばくのに忙しい店主と押し問答をするわけにもいかない。  妹尾は、しぶしぶという(てい)で〝忘れ物〟を引き寄せた。半分ほど残っているうちの一本は逆さ向きにパックに戻されていて、おねがい煙草の習慣が復活したらしい。紺野が厳かに例の儀式を執り行うさまを思い浮かべると、笑みがこぼれる。

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