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第28話
その反面、むしゃくしゃする。キーパーソン的な煙草をへし折って、おまじないを無効にしてやりたい衝動に駆られるほどに。
(願い事は恋愛方面……か)
紺野曰く〝高嶺の花〟なる本命は、どんな人物なのだろう。年齢は? 職業は? インドア派なのかアウトドア派なのか、紺野はその人物のどういう面に惹かれたのだろう。
きっと、と妹尾は戯れにライターを鳴らした。自分とは正反対のタイプで、素直で明るい性格をしているに違いない。晴れてカップル成立と相成れば、ゴールインする日も近いだろう。
とぼとぼと茶房を後にした、その翌晩のこと。オフィスで領収書を整理していると、そこに帰り支度をすませた小田が声をかけてきた。お猪口を傾ける仕種をみせる小田に、
「飲みはまた今度、晩飯ならつき合う」
妹尾は鼻声で応じた。朝から熱っぽかった。クリスマスフェアに協賛してくれるという書店にさっそく出向き、モビールや金銀のモールで絵本のコーナーを彩っている間も、ともすればふらついた。
街路樹がライトアップされて、街は格段に華やいだ。カップルとすれ違うたびに紺野と本命の姿を重ねてしまい、胸が灼けた。今年のクリスマスも野郎同士で家飲みだと、ぼやきまくる小田とつれだって蕎麦屋の暖簾をくぐると、
「そういやさ、このあいだ喫茶店で男前ともめてたじゃん。あれ、痴話喧嘩っぽい感じがしたけど俺の勘、当たってる?」
唐突にそう言われた。妹尾はちょうど鴨南蛮に唐辛子をかけるところで、へどもどしたあげく、薬味入れを十数回も振ってしまって、むせた。レンズが曇ったふうを装って、にわかに火照りはじめた頬をお品書きで扇ぎながら、あえて微笑んだ。
「カマをかけても小田が泣いて喜ぶネタは提供できないから、無駄だよ?」
「あの男前、俺にジェラって突っかかってきた気がしたんだけど勘違いかあ。あっ、ゲイに偏見ないし、不幸のどん底状態だった妹尾を見てきたこっちとしては、相手が毛むくじゃらのおやじでも応援したいわけよ」
笑殺しておいて割り箸を割った。紺野が、小田との仲を邪推してやきもちを焼くなど、人類が火星に移住するよりありえない。
バス通勤の小田と駅前のロータリーで別れるころには、本格的に悪寒がしてきた。眩暈に襲われ、券売機の傍らにたたずんで二の腕をこすった。
(湯冷めして風邪をひいたんだな……)
体調管理に失敗した、といえば聞こえがいいが、実際のところは情けない理由だ。
躰を洗っている最中に欲情したにとどまらず、石鹸の泡にまみれた股間に手を伸ばした。当然、白濁をまき散らすころには全身が冷えきってしまい、くしゃみがたてつづけに出るありさまだった。
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