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第31話

  「いつまでウガイをしてるんだ。すんげえマニアックでエロいDVDとか隠していないか、家捜しするぞ」 「そんなもの、持ってません!」  つられてドアを開け放ったところに、紺野が軽口とは裏腹な案じ顔で立っていた。  ただでさえ狭苦しい六畳間にあって、偉丈夫の紺野は小人の国に漂着したガリバーのように居心地が悪げだ。折りしも鴨居に額をぶつけて、うずくまるように胡坐をかいた。つんつるてんのカーテンとは対照的に艶々しいソファに顎をしゃくる。 「これ、カッシーナのだろ、イタリアの高級ブランドの。一点豪華主義なのか」 「結婚寸前で破談になった話を先日、聞かれてしまいましたね。そのソファは新居用に、と奮発して買ったものなんですが自虐的にも愛着があって手放せなくて」  妹尾は帰宅後のいつもの習慣にしたがってネクタイをゆるめたものの、紺野の前でほどくのはためらわれた。鼓動が、うるさい。間違っても紺野に聴かれまいと、薬缶を火にかけにいった。 「茶房のマスターが淋しがっていましたよ。紺野さんが、すっかりご無沙汰だと」 「俺の前でチャラ男とべたべたイチャイチャするもんだから、話しそびれちまったんだ」  妹尾がちょうど蛇口をひねったために、恨み節は水音にかき消された。 「日参してたわけじゃないです。おれも昨日、何日かぶりにお茶しに行ったら、たまたま紺野さんの話題になって……」  嘘だと見抜かれませんように。しどろもどろになって、インスタントコーヒーの瓶を食器棚の奥から引っ張り出した。 「忘れ物を押しつけられて、いい迷惑です」  殊更ぞんざいに、煙草のパックとライターを卓袱台の上に載せた。紺野に渡す日に備えてライターにオイルを補充しておいたことは、内証だ。 「アメリカの市場(しじょう)にうちの会社の菓子を売り込みに行くメンバーに急遽、招集されて。で、弾丸出張で主要六都市を回ってきた。帰国してからもレポートの作成やなんやかやで会社にカンヅメだ……という予定を伝えそこねたのは、痛恨のミスだ」  舌打ちひとつ、口をつぐんだ。ひと呼吸おいて居住まいを正すと、射貫くような眼差しを向けてきた。 「妹尾さんも……俺と会えなくて少しは淋しいと思ってくれたか」  妹尾はガス台に走った。それでなくとも密室にふたりっきりというシチュエーションは心臓に悪いのに、返答に窮する質問を投げかけてくるのは、反則だ。 「スルーかよ。て、いうか、さっきから何をバタバタやってるんだ」 「何って……インスタントですけどコーヒーを淹れようと」 「馬鹿。病人はおとなしく寝てろ」  衣ずれが背後に迫るとともに、肩越しにコンロの火が止められた。とたんに目縁(まぶち)が赤らみ、妹尾はバリケードを築くふうにインスタントコーヒーの瓶を眼前に翳した。

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