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第36話

   願い事? と目をしばたたいたせつな、掌が股間にかぶさってきた。妹尾はぎょっとして後ろにずれた。だが淫猥な企みを秘めた手は、萌しぐあいを調べるようにファスナーに沿って、ひと掃き、ふた掃きする。 「……どこをさわってるんですか」 「雰囲気的なオプションだ」 「オプションなど、ありがた迷惑です。紺野さんはゲイなんですか」 「いや、自慢じゃないが歴代の彼女は美女ぞろいだ」 「では、今夜に限って守備範囲を広がったということですか。典型的な送り狼を部屋にあげたおれのミスですが、悪ふざけにはつき合いきれません」 「なあ、フラれて以来、ずっとフリーだったのか?」  耳たぶにかじりつかれた。耳殻の溝に舌を這わされるにつれて、妖しいおののきが背筋を駆け抜けていく。 「処理は、もっぱら利き手か?」 「お答えする義務はありません!」  憤然として立ちあがった。ところがシミュレーションは完璧だったと見えて、腕が素早くウエストに巻きついてきた。  よろめくや否や、膝の上にさらいとられた。勢いあまって紺野を突き飛ばす形になったものの、逆にかき抱かれた。妹尾は挑みかかるように上体をひねった。自分を紺野に縛りつける腕と鳩尾の間に手をこじ入れて、梃子の原理で引きはがしにかかる。  ひとしきり奮闘したものの徒労に終わった。後ろ抱っこに抱きすくめられると、かえって背中と腹が密着する。せめてもの腹いせに、ロッキングチェアにくつろぐノリで紺野に全体重を預けた。  極寒の地しかり、炎暑の地しかり。都会育ちの人間でも、そこに移り住んで何年も経てば過酷な環境にも順応していくものだ。  妹尾の場合は独り寝のやるせなさに慣れたと、うそぶいてきた。だが慣れたというのは所詮、まやかしにすぎない。びょうびょうと風がうなり、窓枠ががたつくなかでも、人肌に包まれると陽だまりに安らいでいるように心が凪ぐ。氷原をさまよっていたように、ぬくもりを恋うていたのだと気づかされた。 「反応……してる。キスでスイッチが入るとは、可愛いな」  スラックスの中心をまさぐられた。生唾を飲み込む音に煽られて、はしたなくペニスが萌す。  妹尾は掌で耳をふさいだ。全身が火照るのは発熱によるものなのか、情欲をかきたてられためなのか、もはやアヤフヤだ。  眼鏡がたたまれて卓袱台の上に置かれた。ネクタイがほどかれて、畳の上でとぐろを巻いた。  スラックスが乱されたのにつづいて、ワイシャツの裾が引きずり出された。採寸を行なうテーラーさながらの巧みな手つきで、ボクサーブリーフの上からペニスの輪郭を撫で下ろされても、いまだに高をくくっている面があった。  題して〝ドッキリをプレゼント作戦大成功〟、と紺野が今にもにやにやしだすのではないか──と。

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