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第46話

 川面を吹き渡る風は、さしずめ氷の(やいば)だ。月は瘦せて、そのぶん北極星が冴え冴えと輝く。縄梯子をよじ登るサンタクロースの人形をベランダから垂らした家が、あちらにもこちらにもある。ユーモラスな光景に反して、妹尾の胸中は複雑だった。 (なぜ、こうも別れがたいんだろう……)  横道に入った。妹尾は両手に息を吹きかけ、こすり合わせた。紺野はそのさまに眉根を寄せると、ほっそりした手を握り取り、自分のコートのポケットにいざなった。 「おじさんふたりが手をつないで歩くなんて、キモいです。石を投げつけられます」 「今日び、猫も杓子もスマホに夢中で、他人は道ばたのぺんぺん草と一緒だ。その証拠に通りっぱたでこんなことをしても……」    紺野は、つと立ち止まると腰をかがめた。顔を傾けると、白い息がヴェールをなす唇をかすめとった。 「チュウしてるな、ふぅん、で終わりだ」  折りしも三人組の女子高生が通りかかり、キャアキャアとかまびすしい。  妹尾はマフラーに顔を埋めて、小走りにその場を離れた。仮にもこちらが年上で、辛酸を嘗めたこともある。兄貴風を吹かせる条件はそろっているのに、度量の点ではあちらのほうが大きいために、気がつくといつも紺野のペースに巻き込まれている。  だが、紺野に翻弄されるのはまんざら悪くない、と思う。それは、おばけ屋敷に入るときのわくわくする感じに似ている。もっとも突拍子もない言動さえ好ましい、と考えることじたい洗脳されたも同然で、苦笑がこぼれるが。  すらりとしたものと、優婉なもの、と二種類の影法師が時折、ダンスを踊るように触れ合わさっては離れる。凍てつく寒さに奥歯かカチカチと鳴り、にもかかわらず紺野に土地勘がないのをよいことに、妹尾は近道と偽って、わざと遠回りになる道を選んだ。  公園のフェンスに沿って歩を進めた。紺野は頭の後ろで腕を組むと声色を使い分けて、一人二役でそらんじた。 「〝ウサギは宙返りをしました。『そうか、そうなんだ! えいえんの原っぱに咲く花の種は大好きな人との思い出なんだ』〟──思い出より断然、現在進行形の幸せを嚙みしめたいな、俺としては好きな相手と」 「幸せの基準というのは人それぞれです。たとえば、おれは今やいっぱしの女嫌いで惚れた腫れたに興味はありませんが、昔風に言えば独身貴族というやつもオツだと思います」 「妹尾さんは強がりを言うから額面通りには受け取れないなあ……喧嘩を売ってるわけじゃない、誤解するなよ」  妹尾はうなずき、目顔でつづきを促した。 「童話の青い鳥みたく妹尾さんの幸せも案外、灯台下暗しな場所に転がってるかもな、って言いたかった。籍を入れる前に相手の本性がわかったのはラッキー、くらいのポジティブシンキングで、また恋をしろよ」  真摯な眼差しを向けられると胸がきゅんとなる。その反面、神経を逆なでされる。 (所詮、他人事(ひとごと)だから綺麗事がいえる……)

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