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第47話
結婚式は中止、と招待客に連絡したさいには妹尾を貶 める憶測が乱れ飛び、心にヤスリをかけられたような屈辱感を味わった。
特にウェディングプランナーの憐れむような表情は忘れがたく、未だに悪夢にうなされる。人生を謳歌して見える紺野とは、根っこの部分でわかり合えないのだ。
顔をしかめて、歩道にはみ出しているツツジの枝を折った。勝ち組ぶって、と腹の中で紺野を毒づき、そのくせ肩をぽんぽんと叩かれると、永久凍土が融けはじめる、というイメージが浮かぶ。
(どうしよう、キスがしたい……)
したい、今すぐしたい。飲まず食わずで砂漠を横断してきたところに、なみなみと水をついだグラスを差し出されたように、一秒たりとも我慢できない。
妹尾は紺野の正面に立った。伸びあがって目線の高さを合わせ、唇までの距離を測る。後は行動に移すのみ、という段階に来て警告ランプが点ったように凍りついた。
紺野の気持ちが汲みとりにくいせいだ。冗談でくちづけるのは許容範囲でも、その枠からはみ出せば疎ましがられるかもしれない。
当たって砕けろだ、と自分を奮い立たせても足がすくむ。第一、思いきって抱きついていこうにも、透明なロープでがんじがらめにされているように一歩も動けない。
チャルメラの音色が鳴り渡った。ハッパをかけられたように感じて、妹尾は凛と背筋を伸ばした。そして一語、一語を嚙みしめるように真情を吐露した。
「ピエロになり下がって以来、おれの世界はもう何年ものあいだモノクロームで、けれど孤独とひきかえに自由を得るのが人生の醍醐味だとシニカルぶっていました……」
北風に雲がちぎれて、いっそう星がさんざめく。胴震いが止まらないのに掌が汗ばむ。妹尾は、いったん睫毛を伏せた。手の甲をつねって自分に活を入れなおすと、紺野をひたと見つめながら言葉を継いだ。
「くすんだ世界を紺野さんが原色に染め替えたんです」
異なことを聞いた、というふうに紺野はぽかんと口をあけた。まるで地球の裏側にいた妹尾がテレポーテーションしてきたような告白に戸惑いを隠せない様子で、しきりに眉間を揉んだ。
「うちに……戻りませんか」
マフラーをほどいて紺野の首に巻きつけた。笑みの浮かべ方を頭の中でおさらいしてから、やっとのことで口許をほころばせた。
理屈もへったくれもなしに、ふたりっきりになりたいから。誰かを愛おしむことは尊いものだ、ということを学びなおしたいから。〝青い鳥〟は、紺野かもしれないから──。
表面張力の作用でこぼれるのを免れているコップの水が、今にもあふれそうだ。なのに、ここ一番というときに限って急性の失語症にかかったように舌がもつれる。
妹尾は地団太を踏んだ。だが、瞳は時として百万言を費やすより饒舌 に想いを伝える。
「うん」と言ってほしい──と。
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