「パトカーに乗れるかもだぞ、うれしいだろ。非行少年予備軍たるもの補導されてナンボで、箔がつくぞ」 　紺野がニキビがぽつぽつと散らばる頬をつつけば、少年たちはますます浮き足立った。 　折も折、パトカーのサイレンが響き渡った。紺野がよそ見をした隙に乗じて、リーダーは髪の毛がちぎれてもかまわず頭を打ち振り、 「枝毛だらけだな、トリートメントしろよ」 　手を振りほどくが早いか一目散に逃げだした。仲間たちが我先にと後につづいた。 「まったく。ガキの尻ぬぐいかよ」 　と、ぶつくさ言いつつも紺野は空き缶は空き缶、爆竹の燃えカスは燃えカス、と分別して回る。 「熱血漢なんですね。でも、あっちは八人もいました。群集心理は、おっかないものです。逆ギレされたら厄介で、警察に通報するにとどめておくのが無難だったのでは」 　妹尾は顔を背けがちに吸殻を拾い集めた。勇猛さに惚れ惚れした、と拍手のひとつもすれば、紺野も正義感に燃えた甲斐があった、と喜ぶだろうに。 　これでは、紺野の武勇伝を我が事のように茶房で開陳に及ぶ権利を自ら放棄したようなものだ。それに、怪我がなくてよかったと伝えそびれてしまった。今度という今度こそ自分のへそ曲がりぶりに心底、愛想が尽きた。 「俺は、説教する柄じゃない」 　紺野は、爆竹で焦げて黒ずんだ土を足で均(なら)した。 「ふだんなら見て見ぬふりをしてただろうが、男なんて生き物は根が単純にできてる。妹尾さんの前だからカッコつけた」 　照れ笑いで締めくくり、妹尾の頭に手ぬぐいよろしくマフラーを載せた。うってかわってにんまりすると、先に立って歩きだした。 「さぁて、せっかくお招きにあずかったことだし、妹尾さんのお屋敷で飲みなおすか」 「この先の三叉路の真ん中の道を二百メートルほど行くと駅です。今夜はごちそうさまでした。闇討ちに注意してお帰りください」 　妹尾はジャングルジムの向こうを指し示すとともに、背中を向けた。 「うちに来いって話はどうなった。可愛い顔して、おねだりしただろうが」 「おねだりなんてしてません！　……何か、勘違いなさっているのでは？」 「要するに俺をからかったのか。汚いぞ」 　怒気を含んだ声でそう言うと、ブランコの横板に足をかけた。そして力いっぱい蹴りあげた。 　横板が縦横ななめに空を切り裂くたびに、鎖がねじくれ返って不協和音を奏でる。卑怯者、と面罵されるより何万倍もこたえた。妹尾はマフラーがすべり落ちていくに任せて、うつむいた。 　紺野は、大きくたわむ鎖を摑んでブランコを止めた。そして小馬鹿にしたふうに眉をあげた。 「わかった、仰せに従ってやるさ。けどな、ひとつ貸しだ。忘れるな」 　鼻先をかすめてコートが翻った。妹尾は、そのコートに伸びてゆきたがる手を拳に握り、前言を撤回したい、という誘惑と闘った。 （おれは、ビビったんだ……） 　土壇場に来て紺野とふたりっきりになることに。危険に直面にしたさいの鼓動の乱れを恋のときめきと錯覚する〝吊り橋効果〟。それに近い心理状態にあるときにアパートに戻れば十中八九、こちらからキスを仕かけていく。 　いや、帰還不能点(ポイント・オブ・ノーリターン)を越えてしまうかもしれない。そんな予感に怯えて、しらばっくれるという姑息な真似に走ったのだ。 　裏返しに置き去りにされたスケートボードを足で押しやった。車輪が虚しく回転するさまが、〝つらい目に遭った自分〟を卒業できずにいる己の姿と重なる。