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第51話

 ビルの谷間にたたずんで空を見上げた。哀しみに暮れる日も、(はらわた)が煮えくり返る日も、太陽は昇り、緑野も、焼け野原も、平等に照らしてくれる。  妹尾にとっての紺野のように。 「〝ウサギはぴょんと跳ねました。『耳を片一方ちょん切られてもへいちゃらさ。だって、ぼくにはふさふさの尻尾も、早く走れる足もちゃあんとあるんだ」〟──」  眼鏡をずらして目頭を押さえた。人間は罪を犯すが悔悛する生き物だ、と性善説を信じていた昔に返りたい。片思い中のクラスメイトとすれ違う瞬間が、すなわち幸福の絶頂だった高校時代のように、ピュアな気持ちで紺野に接したい。  と、鳩が羽ばたいた。そうだ、と頷いた。まずは後生大事に取っておいたソファを処分しよう。過去ときっぱり訣別して、それから。  胸の奥にぽつりと芽生えた想いを大切に育てていきたい。  早速、スマホで自宅近くのリサイクル業者を調べた。引き取りを依頼すると、長梅雨が明けたときのように晴れ晴れとした。  雑貨店の前を通りかかりショーウインドウを覗き込む。民芸調のコタツに視線が吸い寄せられ、紺野とあのコタツを囲んでみかんの皮をむいているところを想像した。  さしあたって紺野がいつ訪ねてきてもいいように、彼専用の座布団を用意しておこうか。  そう決めたとたん、駆けだしていた。紺野とうまく行き合えば、今日は素直になれる気がする。いや、素直になろう。  ひた走りに走って茶房に駆け込むころには、汗だくになっていた。何事だ、と店主が目を丸くしたが、なりふりかまっちゃいられない。  祈るような思いで店内を見回す。奥まったテーブルに焦がれてやまない姿を見いだした瞬間、ほっとしたあまり、へなへなと(くずお)れそうになった。  もっとも、すぐに自分の甘ちゃんぶりを思い知らされた。たとえ作り笑いにすぎなくても紺野が微笑みかけてくれさえすれば、鎧を脱ぎ去る準備はできていた。ところが、にこりともしないどころか、疫病神に出くわした、と言いたげに睨みつけてくる。  悪い兆候だ、と妹尾はひるんだ。それでも決戦の地に赴くような思いでテーブルに歩み寄っていくと、紺野はため息ひとつ、向かいの椅子に顎をしゃくった。  ひとまず注文をすませたものの、会話の糸口がつかめない。かといって天気の話を持ち出すのは、あまりにも白々しい。  妹尾は、おしぼりを広げてはたたんだ。と、紺野から放たれる怒りのオーラが強まった。 「糠喜びに終わるとダメージがでかい」 「どういう……意味ですか」 「天然なのか計算高いのか、妹尾さんは罪作りだってことだ」  せせら笑うと、紺野はカップを鷲摑みにコーヒーを飲み干した。  お互いのバイオリズムの問題なのだとしても、どうしてこうもボタンをかけ違ってばかりいる? もはや何かに祟られているとしか思えない。

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