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第52話
妹尾は、おしぼりが入っていたビニール袋をこよりのようによじった。紺野に会えたら、ああ言おう、こう言おう、と道みち考えてきたのだが、喧嘩腰でこられたら想定問答集など屁の役にも立たない。
鳩時計が時を打てば、それは戦闘開始を告げるゴングのようだ。お冷をひと口飲んで喉を湿らせた。そして居住まいを正した。
「おとといのことに関しては、たしかに弁解の余地もありません、反省してます。でも、紺野さんだって」
仏頂面を睨 め据えた。
「おれを、からかってばかりいます」
「からかうだと? 俺がいつ、からかった」
「忘れたとは言わせませんよ。『風邪の特効薬』と称しておれに何をしたのか思い出してください。今、すぐに、さあ」
語気を強め、グラスがひっくり返る勢いで身を乗り出した。仲裁に入るように、店主がお冷をつぎ足しにきた。
いつもは空いている茶房は、今日に限って満席だ。注目を浴びても紺野は意に介するどころか、むしろ、ふんぞり返った。
「からかったつもりは毛頭ない。ただし何故 ああしたのかについては、企業秘密だ」
「旗色が悪くなると黙秘権を行使する。交渉術に長けてる方は、ひと味違いますね」
「皮肉るな。こっちにもいろいろ都合ってものがあって、今の段階で種を明かすと計画が狂っちまうんだ」
そう言い終えるか言い終えないかのうちに、書類鞄を引っ摑んで席を立った。
「まだ話の途中です。逃げるんですか」
扉の向こうに消えゆく背中に嘲笑を浴びせかけると、紺野はどすどすと床を踏み鳴らして引き返してきた。そして鋭い視線で妹尾を射すくめておいて、紙ナプキンに地図を書き殴った。
「おとといの貸しを返してもらう。クリスマスイブの九時にここに来い。時間厳守だ」
「その言い種、何様ですか!」
即座に紙ナプキンを破り捨てた。すると、これで接 ぎ合わせろと命じるふうにセロテープを襟元にねじ込まれた。
紺野を追いかけていき、こちらが折れるのが賢明だ。頭ではわかっていても、腹の虫がおさまらない。妹尾はテーブルにつっぷした。素直になろう、と誓いを立ててから小一時間も経っていないというのに、またもや売り言葉に買い言葉を地でいってしこりを残す。
予定では「会えてうれしい」と正直な気持ちを伝えて、週末あたり一緒に飲みにいく約束を取りつけているはずだったのに。〝えいえんの原っぱ〟を大人買いしてもらったお礼も言いそこねてしまった……。
瞳が潤む。それは、やるせなさを主成分とする種類の涙だ。不毛だ、と眉間を揉んだ。事あるごとに衝突するようでは紺野と心を通わせるだなんて、夢のまた夢だ。
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