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第53話
無数の小片と化した紙ナプキンを悄然とかき寄せた。ひとひら、ひとひら皺を伸ばしているところに、
「老婆心ながらひと言。紺野くんは、気を惹くためにスカートをめくって好きな子に嫌われる小学生男子並に、妹尾さんへの接し方が下手ですね」
店主が茶目っ気たっぷりにウインクをしてよこした。
「うるさくして、すみませんでした……」
と、頭を下げると、コーヒーカップの横にペンギンを象ったミニボトルが置かれた。
「紺野くんから預かっていたものです。曰く、『ストレス解消にもってこいの秘密兵器だ』──だそうです」
ボトルには水溶液が入っていた。ためつ眇めつ眺めたあとで、翼にあたる凹凸を持ってひと振りすると、ぶくぶくと泡立った。
(何かと思えば、シャボン玉か……)
リラクセーション効果がある、とは誇大広告の域に達している。三十男をつかまえて、こんな子どもだましの品で遊べというのか? やり方があざとい、と眉をひそめたわりには、その日の夜、帰宅するとコートも脱がずに掃き出し窓へと直行した。
資源回収に出すにしても、ボトルを空にしてゆすいでからだ。面倒くさい、と大げさに吐息を洩らしながらベランダに出た。
水溶液にストローをひたした。ひと吹きするたびに、虹色の珠 がふわりふわりと誕生する。儚い生命 だが、その儚さゆえに愛 しくて、ささくれ立った神経に優しい。
二、三回吹いたらやめるつもりでいたのだが、拳大に膨らむと面白くなってきた。十数個のシャボン玉が、ひとかたまりにじゃれ合いながら天高くのぼっていけば、つられて伸びあがってしまう。水溶液の量と吹き方に工夫を重ねて、さまざまな大きさのシャボン玉をこしらえた。
寒空のもと、シャボン玉を歌った童謡を口ずさんだ。手すりに寄りかかり、眼下を流れる川面を背景に、無数のシャボン玉が小鳥のように飛び交うさまを無心に眺める。紺野の思う壺にはまるようでくやしいが、座禅を組みでもしたように苛立ちがおさまっていく。
帰宅したときとはうってかわって、さっぱりした気分で室内 に入った。畳に仰向けに寝そべって、爪先をソファにひっかけた。
(日曜に引き取りにきてくれる……)
黒歴史の象徴といえるこれとも、あと数日でお別れ。心機一転、人生をやり直すのだ、と思えば感慨深い。
ペンギン形の容器を撫でた。どうせなら、このひとときを紺野と共有したかった。記憶をたぐってみれば、顔見知りから知人に昇格した初秋のころには紙風船をもらった。紺野には、秘密道具の代わりに癒やしのグッズがつまった四次元ポケットが具 わっているようだ。
ワイシャツの胸ポケットをまさぐった。ツギハギだらけの紙ナプキンを広げて、卓上カレンダーと見較べた。
(イブにこだわって何を企んでいる……?)
紺野くらいスペックの高い男なら、妹尾に執着しなくても聖夜をともにすごす相手はよりどりみどりだろうに。
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