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第10章 とっておきの贈り物

    第10章 とっておきの贈り物  書店から書店への移動中、教会の前を通りかかると讃美歌が聴こえた。寂れた商店街から目抜き通りに至るまで一様に飾りつけがほどこされて、クリスマスイブを迎えた今日は、日本列島そのものが浮かれているようだ。  もっとも妹尾は、足を止めて美しい歌声に聴き入るどころじゃない。昨日から、トラブルつづきなのだ。  営業部全体で発注ミスが重なったところにもってきて、出荷する寸前の絵本にとんでもない誤植が見つかった。  急遽、社員総出で正誤表を一冊、一冊、挟み込む騒ぎになった。その絵本というのが人気シリーズの三年ぶりの新刊だったために、なおさら迅速な対応を迫られたのだ。  ただし、それで一件落着とはいかなかった。発売日が翌日にずれ込んだことで、書店にクレームが殺到した。自分用以外にも、クリスマスプレゼントに購入しよう、と発売日を心待ちにしていたファンがそれだけたくさんいたのだ。  事情を説明するために、お詫び行脚よろしく担当地区を駆けずり回る営業マンは(てい)のよいスケープゴートで、行く先々で予約リストを見せられて泣きつかれたり怒鳴られたり。  曲がりなりにも一段落ついて会社に戻るころには、宵闇が迫っていた。  妹尾は喫煙室でひと息入れた。缶コーヒーのプルタブを引いたところに小田もやってきて、バテたと、しゃがんだ。 「お疲れぇ。よりによってクリスマスイブにぺこぺこして回るとか、ありえないよな」 「まあね。でも、製本所レベルで早急に手を打てたのは不幸中の幸いだったよ」 「俺ら営業に尻ぬぐいをさせた校閲部の連中は全員、ボーナス没収……いいや、死刑だ」  小田は、ソフトドリンクの自動販売機をがたがたと揺らした。ひと呼吸おいてジョッキを傾ける仕種をしてみせた。 「トンテキがうまい店を見つけたんだ。帰りに一杯、どう?」  先約が、と濁したせつな、小田が胸元を指差してきながら素っ頓狂な声を張り上げた。 「おニューのネクタイを締めてデートだな、デートなんだろ、裏切り者!」  「デート? ないない。想像力が豊かだな」  目ざといな。妹尾は、スーツの衿をかき合わせた。そのネクタイは実際、昨夜の仕事帰りに買いに走ったもので、今朝がた下ろしたさいには目縁(まぶち)が赤らんだ。他人にあらためて指摘されると、勝負服を身にまとう女子みたいだと、からかわれたようで恥ずかしさもひとしおだ。  目くらましにコーヒーを呷り、だが、あわてすぎてむせた。しかも、まじまじと顔を見つめられたうえに口笛まで吹かれた。 「お肌のツヤもいい。やっぱりデートなんだろ、白状しろ」 「カマをかけても無駄だって」  大げさに肩をすくめてみせた。先約がある、と口走ったものの、行こうかどうしようか未だに決めあぐねている。

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