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第57話

 妹尾は、駅の構内から一歩出たところで立ちすくんだ。ハロウィンに大みそかに、あるいは主にW杯で日本代表チームが勝利した日。  この界隈がお祭り騒ぎになる日は交通規制が()かれるのは、恒例行事だ。とはいうものの聞きしに勝る混雑ぶりに、現場に投入された警察官の声もかき消されがちだった。  駅前広場は、繁華街に繰り出す人々と、駅に向かう人たちでごった返す。人波をかき分けて交差点を渡り終えるころには、スーツが皺くちゃになっていた。  時にコスプレイヤーの集団にもみくちゃにされ、時に酔っぱらいにハグを求められながらも、妹尾は精いっぱい先を急いだ。五叉路の中心にファッションビルがそびえ立ち、そこは川でいえば中州にあたる。  この街のランドマーク的な、そのビルの正面玄関が目的地だ。歩行者用の信号が青に変わるのを待つ時間が惜しい。妹尾は車が数珠つなぎになった通りに飛び出し、ジグザグに駆け渡った。  だが、てっきり先に来ていて、 「遅い、何時間待たせる気だ」  開口一番、そう怒鳴りつけてくるだろうと思っていた紺野の姿はどこにも見当たらない。妹尾は来ない、と見切りをつけて帰ってしまったあとなのか。 (メアドでも訊いておけば……)    妹尾はスマートフォンを摑み出して唇を嚙みしめた。今さら悔やんでも始まらないが、エベレストの山頂と日本の片田舎を結んでネットでライブ中継ができる時代に紺野と連絡をとる術がないなんて、お笑い種だ。  向こうがLINEでやり取りをしようと持ちかけてこないかぎり、こちらから催促する義理はない、と片意地を張ったツケがここで回ってきたのだ。   これは紺野との今後を占う局面だ、と思い直した。ビルのぐるりに鈴なりになった人たちを片っ端から捕まえ、これこれこういうビジュアルの男性を見かけなかったか、と訊いて回った。  もっとも「知らない」と冷淡にあしらわれるにとどまったが。  自分が家路につけば、入れ替わりに紺野がやってくる気がして立ち去りあぐねた。そうこうしているうちに粉雪がちらつきはじめて、いやがうえにもクリスマスムードが高まる。   巨大なクリスマスツリーが、ヘッドライトの洪水に照り映える。妹尾は隅の柱に寄りかかった。コートの衿を立てて、自嘲的な嗤いに醜くゆがんだ顔を隠した。  しっぺ返しを食らったのだ。自分と紺野の(えにし)の糸は、やはり結び合わさる端から切れる宿命(さだめ)にあるのだ。  と、そのとき。 『妹尾柾樹さんに告ぐ。おねがい煙草……古式ゆかしい方法を用いてどんな願をかけたのか、この場を借りて発表する。ゆえに耳の穴をかっぽじって聞くように』   心臓が跳ねた。夜が深まるにつれていちだんと活気づいてきた街に、たったいま朗々と響き渡ったのは紺野の声じゃないのか? 腕時計に目を落とすと、ちょうど十時だ。  いったい、当の本人はどこに隠れているのだろう。喧騒を凌駕するほど声量が豊かであるからには、拡声器ないしマイクが目印になると思うのだが。  妹尾は、きょろきょろとあたりを見回し、ビルの前にたむろしている人たちの視線が頭上に流れるさまにつられて、そちらを振り仰いだ。

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