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第11章 満ちるもの育むもの

    第11章 満ちるもの育むもの  ──おねがい煙草のその七。〝俺の部屋に招待する〟を叶えてさしあげます……。  そういう調子で、わざと上から目線で挑発して河岸(かし)を変えた。独り暮らし歴十年だという紺野の住まいは、東京タワーに程近いマンションの一室だ。ライトアップされたタワーは天高くそびえるクリスマスツリーのようで、妹尾は、ベランダの向こうに広がる光景にしばし見惚れた。  間取りは1DKで、男所帯にしては掃除が行き届いている。ただし奥の洋間との仕切りの戸が開け放たれているせいで、目のやり場に困る。  なぜなら、そこに、と勧められたソファに腰を下ろすとベッドがいやでも目に飛び込んでくる配置になっているのだ。それが今後の展開を予感させて、胸苦しさに苛まれた。指が小刻みに震えはじめて、トートバッグを肩から下ろすにも難儀した。 (でも、思い立ったが吉日というし……)  煩雑な手続きを端折って、今までさんざん遠回りした分を取り戻すのだ。キスの次の段階に進むなら、告白劇の余韻が残っている今夜を()いて他にはない。ひとたび後日に持ち越したが最後、紺野が情熱的に迫ってきても、セックスに至るには時期尚早だとごねまくる恐れがたぶんにある。  妹尾は伏し目がちにマフラーをほどいた。コートも脱いで、きちんとたたんだ。 「しまった、花瓶がなかった」  紺野は薔薇の花束をほぐしながら食器棚を漁って、頭を搔いた。  舌が口蓋に張りついているような状態では、相槌を打つことすら難しい。妹尾は眼鏡を押しあげた。手土産を持ってくるのを忘れた。それを口実にコンビニへビールを買いにいくふうを装って、帰ってしまおうか。しかし、ここで尻尾を巻いて逃げ出せばこれまでのパターンを踏襲することになる。  上着を脱ぎ捨てた。思い切ってネクタイもゆるめた。  「ほっといて悪い。腹はへってないか」   紺野が振り返り、眼球がこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。妹尾がワイシャツのボタンをふたつ、外し終えていたせいだ。 「いきなりストリップを始めるな」 「おれは、石橋を叩きすぎたあげく壊す小心者なんです。だから、今夜は本能の声に従うことに決めたんです」  ボタンをもうひとつ外すと、 「人がどうにかこうにか狼に変身するのを我慢してるのに、煽るな、いじめるな」    紺野は背中を向けて煙草を吸いつけた。 「あと、ひとことでもよけいなことを言ったら帰ります」  精いっぱい居丈高にふるまっても、声がどうしてもうわずる。 「『汗をかけば熱がひく』。やりたい放題にいじりたおされて、プライドが傷つきました。紺野さんにも同じ思いを味わってもらって、おあいこです」

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