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第68話

「〝ウサギは耳をぴくぴくさせました。鼻をひくひくさせました。ヒゲをぷるぷる震わせました。『わぁい、えいえんの原っぱを見つけた、見つけたんだぁ!』。お日さまが燦燦と照って、弔うひとのいない兵士のなきがらの上にシロツメクサの花を咲かせました。ウサギはすっかりうれしくなって、原っぱじゅうを跳ねまわりました。からだがどんどん透き通っていき、緑の風に溶け入りました〟」    ぐず、と(はな)をすする音がした。四肢を甲羅に引っ込める亀のように、ブランケットを頭からすっぽりかぶった妹尾は、そのブランケットをちょっぴりずらした。そして〝えいえんの原っぱ〟を載せた膝をつつきながら、目許を手の甲でぬぐう紺野を見あげる。 「ピロートークは絵本の朗読で泣きべそのおまけつき。ムードの欠けらもありませんね」 「涙もろいのはピュアな証拠だ。悪いか」 「威張りながら拗ねるとは器用ですね。でも、紺野さんの泣き顔はわりと好きですよ、ドヤ顔とのギャップにやられる面がなきにしも(あら)ずです」    眼鏡を引き寄せて、ツルをたたんでは開きながら言葉を継いだ。 「あなたに惹かれたきっかけは、人前でも泣ける純真な点かもしれません」  紺野は、うっと詰まった。真っ赤になった顔を絵本で扇ぎながら、逆さ向きにパックに戻してあった煙草を抜き取った。  満願成就、と拍手を打ってから煙草に火を点ける。ひと口吸うと、朱唇に差し挟んだ。  妹尾は煙草を指に挟みなおしがてら、そろそろと起き直った。いまだに紺野が(なか)で猛り狂っているような違和感があって、日ごろ使わない筋肉も痛む。だが、それはむしろ幸福な痛みだ。  ただ、ヘッドボードに寄りかかった拍子に蕾がほころんで、体温でぬくまった白濁がとろとろとにじみ出てくる。紫煙にむせるとなおさら狭間がぬらつき、その反面、甘だるい余韻が残る躰の芯が疼く。恥ずかしさの裏返しで声が尖った。 「茶房で会うのが運任せでは何かと不便です。今後は世間並みに……LINEを活用すべきでは?」 「優先課題はこっちだろうが。プライベートで〝です・ます調〟は禁止。厳守だ」 「年下のくせに命令して生意気です。気分を害したときのペナルティは……」  澄まし返って、シーツを裸身に巻きつけた。 「エッチはおあずけということで」 「ツン、ツン、ツンでデレはないのか? イケズな真似をするといじけるぞ、おい!」 「しんどくて、歩くのもやっとなんです。ひとりでお湯につかっていたら溺れ死にする危険性があって、ですから……」    莞爾(かんじ)と微笑み、言葉を継いだ。 「介助が必要です」  ばたりと倒れて、デレ殺された、という小芝居を演じる紺野を置き去りにしてシャワーを浴びにいった。告白劇の模様がサムネイル方式で脳裡をよぎると、胸がきゅんとなる。紺野が好きだ、と素直にそう思う。 (おれは欲張りだったんだな……)  ベッドの上でたてつづけに二回、抱き合ったあとだが、まだまだ物足りない。夜っぴて愛し合えば、それだけ絆が深まる。そう思えば体力の限界に挑戦するにやぶさかじゃない。  浴室のドアを細めに開けた。おいでおいで、と誘いかけるようにバスタブに湯を溜めた。

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