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第6話 玖月

なんとかひまるを宥めて、岸谷が外のドッグランにひまるを連れて行くことになった。 このマンションには多くの人が犬を飼っているため、広いドッグランが備えられている。そこで十分遊んできてくださいと玖月が提案した。その間に掃除を終わらせておきたい。 「わかりました。その間に全部片付けておきますので、思いっきり遊んで来てください。それと、このご飯マシーンは隠しておきますね。これを見るとひまるくんは怖がってしまうかもしれません」 「玖月くん、何から何まで本当にありがとう。じゃあ、行ってくる」 玄関で岸谷を見送る。ひまるは尻尾をブンブンと振ってものすごく嬉しそうだった。 岸谷とひまるがいなくなると、ペイントハウスは急に静かになる。広くて部屋数も多く素敵な内装だけど、ひとりだと持て余しそうだとも思う。 気を取り直してバスルーム、トイレ、その他部屋と、次々に玖月は片付けを始めた。 案の定、トイレットペーパーやバスタオルのイタズラが激しかったが、それも想定内だったので順を追って片付けは済ませていける。掃除をして綺麗になっていくのを見るのは楽しい。こんな広い家、綺麗にしないで過ごすなんて信じられない人だと、岸谷のことを考えた。 もうそろそろ岸谷とひまるが帰ってくるだろうと思い、玖月はイタズラされてボロボロになったタオルとブラシなどを玄関に準備し、ひまるのお手入れが出来るようにしておいた。 「ただいま。あっちぃ…コイツと一緒にかなり走り回ったよ」 汗をかきながら岸谷が帰ってきた。季節はまだまだ夏ではないけど、今日みたいな日は運動すると汗をかくのだろう。いっぱい遊んできたなというのがわかる。 「おかえりなさい。ひまるくんの足を拭いておくので、どうぞシャワー行ってきてください。このタオル使っていいですか?あ、あと、ブラッシングもしていいですか?」 「そんなこともしてくれるの?ごめん!掃除だけって言ってたのに。荒木さんには伝えておくから。じゃあ、ちょっと待ってて。玖月くん本当にありがとう」 バタバタとバスルームに向かう岸谷の後ろ姿を見てまた玖月はため息をついた。岸谷のことを思って言った発言ではない。 綺麗に掃除をした部屋なので、ひまるも岸谷にもホコリを落としてから入ってもらいたかっただけだ。玖月の潔癖症マイルールでは、それが許せないことだからだ。他人の家なのに勝手に促してしまい、内心反省はしている。 だが、外から帰ってきたらすぐにシャワー、犬は毎日シャワーを浴びれないからタオルで拭く、そしてブラッシング。そうしてもらいたいと強く思う。 他人なので本来ならどうでもいいのだが、今、自分が掃除した場所なので気になってしまう。 「ひまるくん、おいで。ここにゴロンってして。足、拭くよ」 玄関上がった所でひまるを、横にさせ、全体を拭き上げ、ブラッシングまでした。 犬を触ることには抵抗がなかった。それに、ひまるは言うことをよく聞いてくれているので、何も問題はない。 ブラッシングした後は、持ってきていた最強のコロコロで周りと自分に付いた抜け毛を取る。サッパリとしてから、ひまると一緒にキッチンに向かった。 ひまるに水をあげていると、シャワーから岸谷が出てきた。髪がまだ濡れているのがものすごく気になる。 「玖月くん、ちょっといい?話したいんだけど」 ソファに来るように促される。玖月は、ソファから離れた床に座った。とてもじゃないが、ソファで隣に座ることは出来そうにない。 岸谷の髪が濡れているのがまだ気になる。髪の先をジッと見つめ、『水滴、落ちるなよ』って心の中で強く願っている。 やはり、玖月は犬にではなく、人間に潔癖症マイルールが発動してしまうと改めて岸谷を見て強く感じる。 「今日来てもらって色々考えたんだ。専属で玖月くんに家事代行をお願いしたいと思ってるんだけど。家事代行っていうか、ひまるのこともそうなんだけど…」 岸谷は、ひまるを預かっている間玖月をここに呼び、一緒に生活して欲しいと言い出した。住み込みの依頼だ。それに期間も長期になりそうだと言っている。 玖月は卒倒しそうになった。 他人との生活は潔癖症マイルールに入っていない。そもそも無理な話だ。無理…絶対無理!と心の中では叫んでいた。 それにこの人は自分とは真逆の人間だと、玖月は強く思っている。似ても似つかない、正反対の人だと、ここに来てずっと思っているのに、この男はそれを感じていないのだろうか。 潔癖症がいいわけではないが『綺麗好き、繊細』である玖月と『無頓着、大雑把』を絵に描いたような岸谷とでは、いくら仕事とはいえ生活を共にすることは、考えられない。 潔癖症マイルールに追加項目が増えるのか。いや、その前に断るべきか。 呆然としている間も、岸谷は喋り続けていた。

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