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第26話 玖月

眠い…寝ちゃダメだと思い、ハッとして目を覚ましたが、どうやら寝ていたようだ。 起き上がりたいのに、下半身がやけに重く起き上がれない。 タオルで身体を拭かれる感触を感じ、横を向いたら裸のままの岸谷がいて、玖月の身体を拭いていた。 「ひー、大丈夫か?気持ち悪いところないか?風呂に入れるようにしてあるぞ、ちょっと待ってろよ。こっちは狭いから、あっちのバスルームで準備してあるから」 「えっ?えっ?うそ」 自分の状況がすぐに把握できなかったが、どうやらさっき射精してそのまま寝てしまっていたようだった。 どれくらい寝ていたのだろうか。岸谷はお風呂に入れるようにと言っているので、相当長い時間寝ていたのだろうか。 キスをして、セックスの擬似体験のようなことをしたのを思い出す。気持ちがよく、自分じゃないような高い声を出していたことが順番にポツポツと思い出される。 そして、完全に目が覚めたら、今までのこと全てがものすごい勢いで思い出された。 時間にしてどれくらい抱き合っていたのかはわからないが、二人で抱き合ったのは夢ではないようだ。岸谷も玖月も全裸のままであった。 「足に力が入らないだろ?じっしてろよ?このまま抱き上げていくから。途中、ひまるの前を通るけど、寝てたから静かに通ろうな」 「ええーっ!」 シーっと岸谷に言われたので、言う通りに声を立てないよう口を閉じる。 ヒョイと横抱きにされベッドルームを出てリビングを通る。玖月を抱き上げても、すいすいと歩く岸谷は逞しい。 リビングの奥の部屋では、岸谷が言っていたようにひまるが寝ていた。起こさないようにとでも言うように、岸谷が無言で玖月を見つめ訴えてくる。玖月はコクコクと頷き息を潜めた。 ゆっくりと、ひまるの前を通ったが、ひまるを起こすことなく岸谷のバスルーム迄、無事に到着した。抱き上げられている間、玖月はずっと、岸谷の首にしがみついていた。 「いや〜あいつ起きないでよかったよな。起きたらどうしようかと思って、ちょっとヒヤヒヤしたな」 浴槽に湯がためてある。バスルームの中で岸谷の腕の中から降ろしてもらう。バスルームの床は暖かかった。 手を引かれて浴槽にためてある湯の中に岸谷と一緒に入ると岸谷は後ろから抱きしめてきた。 「気持ち悪いところないか?熱くない?寒くない?大丈夫?」 「優佑さん…」 「ん?」 耳元で岸谷の声が聞こえる。幸せ過ぎてどうにかなりそうな気持ちが続いている。 「すいません。さっき寝ちゃってましたね。それに、足に力が入らなくなってしまって…女の子じゃないのに抱き上げてくれて、重かったでしょ?」 「あはは、重くないよ、もっと太れよ玖月。まぁ、力が入らないってのは、俺のせいだし?それに好きな子には、何でもやってやりたいって思うから、まぁ許せ。俺がそうしたいんだからさせてくれよ。それより嫌じゃないか?そっちが心配だ」 「潔癖症のこと?」 「うん、そう」と耳元で呟く岸谷の声が聞こえる。後ろから抱きしめてくれているので、顔を見ないで話をしているが、岸谷が今どんな顔をしているのか見たい。さらっと甘い言葉も投げかけられる。 くるっと顔を後ろに向け岸谷を見る。急に後ろを向いたからだろうか、岸谷は驚いた顔をしていた。 「症状は全く出ていません。僕だって、優佑さんのこと好きなんですよ。僕だって、優佑さんに触れたいって思ってるんです。今までずっとそう思ってた…潔癖症のくせに…呆れちゃうけど」 口に出してハッキリと自分の気持ちを伝えた。あなたのことが好きですって。 「呆れることなんてないよ…」 お湯の中で身体をぐるりと回転させられ、向かい合いきつく抱きしめられた。岸谷の足の間に座るような格好になってしまった。 抱きしめながら岸谷は「よかった…実はこうやってても心配だった」と呟いている。 岸谷の気持ちは痛いほどわかる。潔癖症の玖月に嫌な思いをさせないようにと、気遣っているのが伝わってきているからだ。 玖月の方は、潔癖症のくせにキスがしたい、それ以上も求めるなんて、随分都合よくできてると、岸谷に呆れられてしまうかもと、少し心配であった。 そんな二人だけど、求めていることは同じだった。 人を好きなるということは、その人に触れたい、触れられたいと思うこと。その気持ちは二人共同じように強く思っていたことだとわかった。 ここは嫌じゃないか?じゃあ、ここはどうだ?と、ひとつずつ確認され、大丈夫と答えると、確認された場所にキスをされる。 唇、頬、首、鎖骨、腕。また唇に戻り、何度もキスを繰り返している。お風呂の中があったかくて気持ちがいい。 それに… キスってこんな感じだったんだと、岸谷の顔を見つめ考えていた。気持ちがいい、もっとして欲しい、唇が離れていくのは寂しくて切なくなると、わかる。 「玖月?何、考えてる?」 「えっ?いや、あの…優佑さん、キスって唇をくっつけてる時より、離れていってからの方がもっとして欲しくなるんですね。寂しくなるっていうか。キスに終わりってあるのでしょうかって、考えてました…」 じゃぽんっとお湯が揺れた。岸谷に強く抱きしめられている。 「うーん…ダメだ、玖月?またそんな可愛いこと言う?俺、嫌われたくないのに…風呂であったまったら一緒のベッドで寝てくれる?そこでまたキスしてもいい?」 玖月が頷く前に、さっきベッドの中でされたような深いキスをされる。 湯の中で身体を簡単に洗われ、岸谷のベッドルームに連れられた。 いつも掃除はしているから、見慣れている部屋だが、ベッドの上からの景色は初めてだった。キングサイズ以上の大きなベッドの上に寝かせられる。 「玖月のパジャマを取ってこようか?どこにあるか教えてくれれば、あっちの部屋まで行ってくるぞ」 「えっと…あの、パジャマは無いんです」 「ん?パジャマ無いのか?じゃあ、俺のTシャツでいいなら貸すけど、それ着る?それで寝れる?マイルールから外れない?」 「あの、寝る時はいつも何も着ていないんです…だから、その、」 寝る時に何か着て寝るのは苦手だった。寝汗で着るものがまとわりつくのも嫌なので、いつもはシーツの上に大きなバスタオルを敷き、裸で寝ている。 そう岸谷に伝えると「おわぁぁーっ!」と大きな声を出し、バスタオルを急いで取ってきてベッドの上に何枚も敷いている。 そして、「じゃあ二人でこのまま全裸でベッドに入れるな?なっ?」と何度も何度も念押しして確認をされた。 ひまるが起きるのでは無いかと心配になるほどの大きな声を岸谷が出して確認するので、玖月は恥ずかしさからずっと顔を赤くして頷いていた。 ◇ ◇ まさか岸谷のベッドルームに入り、その大きなベッドで寝ることになるとは思わなかった。 「そっか、ひーは寝る時は真っ裸なのか」 ひーと呼ばれると何故か嬉しくて胸がキュっとする。 岸谷が玖月をそう呼ぶ時は、酔っている時か、何となく玖月を心配して様子を伺っている時だと知っている。 「いえ、あの、さっきも言いましたけど、下着は付けます。下着だけ履いてるんです。優佑さんの家なので、さすがに下は付けないと…」 いつも裸で寝ているが、下着だけは付けていると伝えても、「無くても問題ないか?」と聞かれた。 なので、自宅では下着は付けていないと正直に答えたら、岸谷は「じゃあここでも下着は付けなくていい」と言われ、湯上がりに腰に巻いていたタオルを取られ、結局二人で全裸でベッドに入っている。 「自分の家では付けてないんだったら、ここでも付けなくていい。パンツは煩わしいもんな。俺も無い方がいい。まぁ…本当はどっちでもいいんだけど、玖月が付けないのは大歓迎だから」 最初この家に来た時はマスクと手袋を二重にしていた。その後は少しずつ岸谷に慣れていったので、家の中では手袋もマスクも取ることが多くなっていた。 それが今日は急展開で真っ裸にまでなり、キスをして身体を抱きしめ合い、お風呂まで一緒に入っていた。 やっぱり岸谷の前では潔癖症も出なく、マイルールにしなくちゃと、思うようなことは何ひとつない。 それより岸谷と一緒にいれるのならば、このまま何も身に付けずに、抱き合っていたい。 「玖月…君のことが好きだよ」 べッドの中で抱きしめられながら、岸谷の声を聞く。とくん、と心臓が返事をした。 「優佑さん…」 「本当はな、ひまるが帰るまでは好きだよなんて、簡単に伝えたりしちゃいけないんだろうな…玖月は家事代行でここに来てくれてるのに。仕事と切り離してから正式に交際を申し込んだ方が大人として正しいってわかってるけど、君に魅かれていく気持ちは中々抑えられなかった。今となってはもう完全に君のことは手放せないけどね。だから今度、ご挨拶に行くよ。叱られるかな、荒木さんに…」 笑いながら岸谷はこれからのことを話してくれた。キスをして欲しいと仕掛けたのは、玖月の方なのに。 「違う。ずるいやり方をしたのは僕の方。優佑さんにキスをしてもらいたくて、マスクを着けて誘ったんです。好きですって言う前に…」 「いやいや、ずるいのは俺だろ。毎日マスク越しにキスをしてたんだから。君が可愛くてな、たまんなかったよ。一度キスをしたら止められなかった。抱きしめたら、すっぽり腕の中に入って手放せなかった」 「マスクの上からしてたのって…ドキドキしてました。毎日キスすると、どんどん優佑さんを好きになっていきました」 「あはは、潔癖症なのにびっくりしただろ、ごめんな。君は最初に会った時の印象からどんどん逆転していったな。君のその姿勢や、性格、日々の暮らし方、それを見ていたら目が離せなくなって、好きになっていったよ。ずるいやり方をしてしまったな。嫌がられないようにって、そればっかり考えてたよ」 頬を撫でられながら熱烈な告白を受ける。 こんな展開に慣れていないので、嬉しいやら、困ってしまうやらで忙しい。 一人前の大人だったら、気の利いた返事が出来るのにと考える。玖月はただ、ベッドの中で赤くなって、岸谷の胸に埋もれているだけだ。 「ひまるも近いうちに戻ることになるから、玖月の住み込みの仕事も終了となるだろ?そしたらさ、きちんとご挨拶に行くから。玖月のことを大切にします、正式にお付き合いしますって荒木さんに会いに行って伝えるよ。一緒に行ってくれる?」 「正式にお付き合い...」 「あれ?違った?結婚を前提になのか?」 「いえ、違いません。ちょっと驚いてしまっただけなので…優佑さんの誠実な態度、嬉しいです。僕もそうありたい」 ははは、と笑う岸谷は「約束するよ」と陽子に挨拶に行くことを言っている。 前髪を指でかすり、またおでこを親指で撫でられた。そうされるのが好きだ。 真っ正面からドンっと向かってきて、ストレートな言葉を惜しみなく言い、誠実な姿を見せてくる。 こんなかっこいい人が自分の好きな人で、この人も自分のことを好きだと言ってくれている。 そんな嬉しいことがあるなんて、浮かれるなって言われても浮かれてしまいそうで怖い。 「君のことが好きだ玖月。ちゃんと俺を見て恋人として付き合って欲しい。なっ、よろしくお願いします」 「はい、よろしくお願いします。優佑さん、好き…本当に大好きです」 真面目な顔をして、真剣に返事をしたら、またキスをされる。 唇を重ねるだけのキスから、食べられてしまいそうになキスに変わっていく。 裸で抱き合い、上から岸谷に覆い被されるが、キスはまだ続いていた。下から抱きしめると、岸谷の身体は大きいと改めて気がつく。 「玖月…もう一回いい?」 「んんっ…えっ?なに?あ、あっ、」 大きな身体で上からキツく抱きしめられ、岸谷の素肌が気持ちいいと感じる。痛いくらい激しくされるキスは、もう好きになりかけている。 さっきのような激しい行為をするんだろうなと、鈍感な玖月でも身体が熱くなり期待をしてしまう。岸谷とのそんな行為に溺れそうになる。

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