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第27話 玖月

ベッドの中で話をしているうちに、寝てしまっていたようだ。 隣に寝ていたはずの岸谷が、バタバタと出かける支度を始めているのがわかった。 「優佑さん?もう出かけますか?」 「あっ、ごめん。起こした?ちょっと問題があるらしく急に呼び出しされた。まだ朝早いから寝てていいぞ。俺は、迎えが来るからそのまま行ってくる」 「ええっ!大丈夫ですか?すぐに支度しますから…」 慌てて飛び起き、自分の部屋まで駆けていく。途中、足がもつれそうになったが、何とか踏ん張って走っていた。 岸谷のベッドでも激しい行為をした。それなのに、シャワーを浴びずに寝てしまうなんて、自分の変化に驚いてしまう。だが、今はそんなのんびりしたことを考えている暇はない。シャワーを浴びてる暇もない。 急いで着替えてキッチンに行くと、荷物をまとめている岸谷がリビングに見えた。結構多めの荷物を持って行くようだ。 「コーヒーでも飲みますか?あまり寝てませんけど、優佑さん大丈夫ですか?」 携帯の時刻を見ると朝4時だった。こんな朝早くから呼び出しを受けるなんて、仕事で大きな問題が起きたのかもしれない。 「いや〜ごめんな、せっかく恋人同士になった初めての朝なのにバタバタしちゃって。これから会社に行くけど、今日はその後に北海道の千歳へ行くから、もしかしたら帰って来れないかもしれない。とにかく、連絡するから携帯は見ててくれ」 「わかりました。ここは大丈夫です。とりあえず、コーヒー淹れますね。サンドウィッチとか持っていきます?朝ごはん食べれますか?」 キッチンに入り、コーヒーを淹れる。ホームベーカリーで焼いてあるパンがあったから、サンドウィッチも作ることにした。持っていかなくてもいいが、とりあえず準備はしておきたい。 「ありがとう。コーヒーだけもらいたい。サンドウィッチは会社で食べるから作ってくれれば嬉しいな」 「了解です」 岸谷の秘書が迎えにくるという。あまり時間はないので、頭の中でやることを考えテキパキとキッチンで動く。 コーヒーを岸谷に渡し、サンドウィッチを作り上げ、岸谷のスーツの上着にコロコロをかける。朝早くでも、ピシッとした格好で出勤してもらいたい。 忙しく動いていると、くくくと、笑っている岸谷と目が合った。 「…なんでしょうか」 「玖月が全裸で走る姿を思い出して…」 さっき岸谷のベッドで飛び起き、走り出した時のことを言っているとわかる。 「慌ててたから、仕方がないです」 そうぶっきらぼうに言いながら、玄関に行き靴を磨き、リビングに戻るとまだ岸谷はニヤニヤとしていた。 「玖月?」 「はい、なんでしょうか」 まだ恥ずかしくてぶっきらぼうに答えてしまう。それでも嫌な顔をせず、岸谷は玖月を手招きしてソファに呼ぶ。 ソファで隣にストンと座ると大きな手で頬を撫でられた。ベッドの中の時間が続いているようだった。 「朝から色々とありがとう。今日はバタバタしてるから遅くなるか、最悪、帰って来れないかもしれない。だからお願いがある」 やっぱり何かあったんだと感じた。お願いとは、なんだろう。聞くのが少し怖い。 「今日から寝る時は、俺の方のベッドで寝ていてくれ、昨日のように。帰ってきて玖月がベッドにいてくれたら俺は嬉しい。真っ裸なら尚更だ」 「うっ…はい、わかりました。でも下着は付けて寝ます」 お願いっていうから身構えていたけど、そんなことなのかとホッとする気持ちと、昨日を思い出しドキドキする気持ちが同時にやってくる。 「下着?いらないだろ?さっき走ってた時は、お尻が丸出しで可愛かったぞ。ベッドの中で寝ている時も、お尻を丸出しにしていて欲しいのに」 「えーっ…嫌ですよ。恥ずかしい」 「そうか?俺に心を許してくれてるって感じで嬉しいけどな。それに気がついたか?さっきキッチンでサンドウィッチを作ってた時、マスク着けてなかったぞ。またひとつ出来るようになったな」 全く無意識だった。時間がない岸谷をサポートしようと必死だったからだろう。あれをやって、これをやってと考えていたから、マスクを着けることなど、頭の片隅にもなかった。 「ああ…下に迎えが来たようだ。行ってくる。必ず連絡するからな」 そう笑って言う岸谷にキスをされた。 「優佑さん、頑張ってください。連絡待ってます」 玄関まで見送るとまたキスをされた。昨日まではこんな関係になるなんて思わなかった。 今日は岸谷の仕事に何か問題があったようだ。だから朝早く起きた。大きな問題にならなければいいと考えている。 だけど、そんな忙しい岸谷をサポートしたい。玖月は身体からむくむくとやる気が出ている気がする。 好きな人が出来た。その人と心が通じたとわかると、全てが前向きに考えられ、何をしてもスキップしたくなるくらい心が軽くなっている。 「ひーくん!起きたの?おはよう」 ひまるが尻尾を振って向かってくる。両手で抱きしめてあげた。 頑張ろう。 岸谷が気持ちよく過ごせるために、部屋の片付けをしよう。 岸谷に認めてもらうために、誠意ある仕事をしよう。 「今日は雨が降りそうだから、お散歩は早めに行こっか」 ワンっとひまるがご機嫌で吠えていた。

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