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第37話 玖月
夕御飯を作り、三人で食べてキッチンで後片付けをした。
今回も多めに作っていたので、作り置きとして、冷蔵庫に小分けに詰めていく。仕事でもある家事代行の作業はテキパキと終わっていく。
そんな玖月の行動をキッチンの椅子に座り、岸谷は眺めている。見られてるなとは思っているが、どんな顔をして見ているのかまではわからない。
空港からここ高坂の家までは、自分の車で来たと岸谷は言う。今日はこのまま陽子のところまで行くというが、陽子の家は知っているのだろうか。陽子の家は玖月の実家だ。
「優佑、下手するなよ?玖月くんを幸せに出来なかったら、俺も困ってしまうんだ。わかるな?お前は詰めが甘いから、ここぞという時に失敗しないようにだな、」
「わぁぁかってる!親父に言われなくもわかってる。俺のプライベートに口出しするなよ」
帰り際、岸谷の車の前まで高坂に送られる。緊張している岸谷を最後まで高坂は揶揄っているようだ。
「あの、高坂さん…優佑さんと僕は、あの、」
玖月からはまだ何も言っていない。
色々と驚いたことがたくさんあったが、気持ちも落ち着いてきているので、伝えなくてはいけないことがある。
「いいよ、玖月。無理に何か言おうとしなくて。今日は俺が無理矢理ここに来たんだから。親父もなんとも思ってないって」
岸谷が玖月の手を握るが、玖月は高坂を見つめたまま、すぅっと大きく息を吸った。
「いえ、優佑さん。ちゃんと伝えなくちゃ。あの、高坂さん、僕は優佑さんのことが好きです。優佑さんも同じ気持ちだと言ってくれています。ちょっと…行き違いがあったんですけど、でもやっと迎えに来てくれましたし、これから先ずっと僕は優佑さんの隣にいるつもりです。だから…どうかよろしくお願いします。僕が優佑さんを幸せに…あの、大切にします」
途中言葉に詰まりモタモタとしたが、一気に伝えると、目の前の二人の顔は驚きで固まっていた。その後、一歩先に高坂が大声で笑い出した。
「そりゃいい。頼もしいな、玖月くん。うちの息子を幸せにしてくれるのか。そうか、よろしく頼むよ」
声を上げて笑う高坂を見つめた後、隣にいる岸谷をおずおずと見上げる。
必死になった玖月が言った言葉は、結婚の挨拶のようだったかもと思い、ひとりで盛り上がってしまい、ちょっと図々しかったかと慌てる。
「ありがとう、玖月。先を越されたな。よし、俺も頑張るか。さあ行こうか」
慌てる玖月のおでこを、さらっと親指で撫でられた。見上げて見る岸谷の顔は男らしくてカッコよかった。
岸谷の車に乗り、助手席の窓を開けると、
「今度は優佑の恋人として二人で遊びにきてくれるかい?」と高坂に見送られた。
◇ ◇
「じゃあ…場所を教えてくれ。あっ、それとも設定する?ほら、ナビで。玖月、住所入れられる?」
「えっ?どこまで?」
車は既に走り出している。運転席には岸谷がいて、その隣に玖月は座っている。
昨日までの身体に鉛が縛り付けられているような生活から、一気に身軽になった気がした。随分、簡単に変わるもんだと自分に呆れる部分もある。
「荒木さんとこだよ。俺は場所知らないからさ、玖月に聞くのが一番早くて確かだろ?」
そうだった。陽子に挨拶に行くということになっていた。そしてやっぱり岸谷は実家の場所を知らなかったようだ。車は走り出していたので、岸谷に任せていてよく考えていなかった。
「えっ…あ、そうですね、確かに。だけど今日、社長は家にいるかわからないですよ。仕事中だと思うし…連絡してみましょうか」
「それは大丈夫。知尋くんには今日挨拶に行くって伝えてあるから。荒木社長と一緒に自宅にいるって返信はもらってるよ」
そこは用意周到なのか。
既に知尋に連絡済みだとは。
ナビに実家の住所を入れ、登録した。音声案内に切り替わり、アナウンスが開始される。目的地までは約20分弱だ。
「玖月の飯、久しぶりに食べたけど美味かったよ。リクエスト通りで嬉しかった」
「やっぱり…優佑さんがリクエストしたんですね。そうかなって思ってましたけど。高坂さんは、あまりあんな感じの食事は召し上がらないですもん」
夕御飯を作っている途中でも、リクエストされたものは全て岸谷が好きなものだと思い出した。好きな人に好きなものを作れるのが嬉しくて、泣きそうになった。
「それに、高坂さんがお父様だと知ってやっぱり驚きました。でも…そう言われると二人共似てる」
「そうか?全然似てると思わないけどな。俺、あんなに意地悪じゃないぜ?あのじいさん意地悪だぞ〜。仕事だとワンマンだし、周りはみんな大変なんじゃないかな」
「そんな、じいさんなんて呼んで…高坂さんは優しいですよ。紳士って感じだし、それにカッコいいじゃないですか。僕は勝手にお父さんだと思って接していました。お話も楽しいし…」
「うへぇ!そんなこと言う人いないぞ。でも、まぁ…ひまるといい、親父といい、玖月にはいいカッコする奴が多いな。あっ、そうだ!ひまるって言えばさ、あの家に住んでるんだぜ」
「えっ!ひーくんですか!」
彩が妊娠したキッカケで高坂の家の離れに新しい家を建てたという。高坂の家は広いので、入り口は別にあり普段は顔を合わすこともないらしい。だけど同じ敷地内に彩の家族も住むことになり、高坂も喜んでいるそうだ。
「あの家は親父ひとりで住んでてさ。結構広いだろ?それに最近、親父はやたらじいさんになってきたし、彩が心配して一緒に住むって言い出してさ、新しく家を離れに建てたんだ」
「そうだったんですか…彩さんに赤ちゃんが産まれたから、賑やかになりますね。それに、ひーくんもいれば番犬になりますし」
「あはは。ひまるは甘えん坊だからなぁ。番犬になれると思うか?うちは俺が子供の頃に親が離婚してて、母親は結構前に亡くなってるんだ。だから後はあの堅物の親父ひとりでさ…でも、あの人は敵が多いし、俺といると喧嘩になるし、色々めんどくさい人なんだよ。それでも、彩や彩の旦那のことは可愛がってるから上手くやっていけると思うけど」
「優佑さんと高坂さんだと喧嘩になるんですか…こんなに似てるのに」
「うーん…ある程度距離がないとダメだな。近過ぎると喧嘩する。一緒に住むなんて考えられない。まぁ、何かあればもちろん協力するし、助けるけど」
親子で似ているから喧嘩するのかもしれない。それでも岸谷の言葉の端には気遣いを感じられる。
見慣れた信号が見えてきた。このまま真っ直ぐ行き、二つ目の角を右に曲がると実家に到着する。
ナビの音声案内も終了していた。
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