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第41話 岸谷
「カレーですか…この辺はカレースパイスだと思うので、カレールゥであればこちらのコーナーになります」
そう言って別の場所に誘導してくれた。そこにはカレールゥなるものがずらっと並んでいる。こっちの棚は見慣れているカレールゥばかりがたくさんある。
「へぇ、たくさんあるんだね。この中から選ぶのか…うーん、どうしよう。どれがいいかわかんないしなぁ。この前のは嫌だし…あっ!そうだ君が選んでよ。この中から」
店員なら間違いないだろうと岸谷は思ってお願いした。我ながらいいアイデアだ。しかし、突然お願いされたその青年は若干困っているように見える。
「先輩?どうしました?大丈夫ですか?」
隣のコーナーからひょこっと顔を出した人が、店員である青年に話しかけてきた。
「げっ!何でお前がここに来るんだよ。帰れよ!」
小声で青年が文句を言っているのが聞こえる。どうやら二人は先輩後輩の関係のようだった。ひょこっと顔を出した後輩のような男は、岸谷と同じくらい背が高く、体格もいい。少し長めの髪で、いわゆるイケメンと呼ばれる類いの男だ。店員である先輩の青年の方は線が細く、玖月くらいの体格だから、二人並ぶと背格好がかなり違うのがわかる。
「いや、買い物に来てたんですよ。そしたら先輩が困ってるみたいだったので、どうしたのかなぁって思って…」
イケメンの後輩は、岸谷を上から下まで威嚇しているような感じで見ている。だが、何故か岸谷は失礼な気はしなかった。
「カレーを作りたいんだ。だけど、どれを買っていいかわかんなくて悩んでたら、彼が声をかけてくれたんだよ」
岸谷がそう説明すると「ふーん、ナンパされてるのかと思った」とイケメン後輩は呟いていた。
「お前!お客様に失礼だろ!」と、また小声で先輩である青年が嗜めている声が聞こえる。二人の小競り合いが始まるのを見て、何だか面白い若者たちに会ったなと岸谷は二人を眺めていた。ほのぼのとする…ん?
「いや!ほのぼのではない!早く!そうだ、俺は早く帰らないといけない。お腹を空かせているはずなんだ。俺の大切な人がベッドから起き上がれないでいる。お腹を空かせているからカレーを作ってあげたいと思っている。助けてくれないか?」
「ええっ!それは大変です。おい、海斗 、お前料理得意だろ?選んでくれよ。カレーだっていうからさ…」
カレーを作りたい理由を必死で伝えると、海斗と呼ばれたイケメン後輩青年は、そういうことならと急に態度が変わり、岸谷に協力してくれることになった。さっきまでの威嚇する態度がなくなっている。
「でも、起き上がれないほどの人にカレーですか?具合悪いのに?大丈夫なんですか?スパイシーなものとか食べさせて」
眉間に皺を寄せて、海斗が岸谷に聞いてきた。
確かに、ベッドから起き上がれないと聞けば、具合が悪いと思うだろう。そんな病人にカレーを食べさせるなんて、なんてひどい男なんだと思われているだろう。だけど、違う。玖月は病人ではない、至って健康だ。それにお腹はペッコペコなはずなんだ。
「具合は悪くない。起き上がれないのは俺のせいだから。うわぁ!やべ!起きたみたいだ。ちょっと待ってくれ…」
スーパーでうだうだと悩んでいるうちに玖月が起きてしまったようで、電話がかかってきた。
「…もしもし?あ、玖月?ごめんな。今、スーパーに来てる。うん…うん、すぐ!すぐに帰るから。そのまま寝てていいぞ、起きられないだろ?へ?…うん、何か作ろっかなぁって思って…ごめん。はい…はい。わかりました。すぐ帰るから。はい」
岸谷の電話が終わるまで二人は待っていてくれた。多分、会話は全て聞かれていただろう。
「起きたって…それで、オリーブオイルも買ってこいって言われた。昨日、俺が新しいオリーブオイルをひと瓶使ったみたいで、静かにキレてた。キッチンの床が滑るって言われてしまった…」
「何だかよくわからないですけど、大変そうですね」と、先輩が同情するような目で岸谷を見て言っていた。
「オリーブオイルひと瓶使い切るってどんな料理だよ…床が滑るほどって」と、海斗と呼ばれる後輩は独り言をいって、また先輩に叱られていた。
早く帰りたいのに、買う物がわからず、二人の呟きを聞き岸谷は途方に暮れた。
「よし、わかりました。お腹が空いてる恋人にすぐご飯を食べさせたいってことですね?だったら、10分で出来るカレーはどうですか?」
「うおー!海斗くん!頼む!素晴らしい、それそれ!俺が言いたいことは全部それ。俺にレクチャーしてくれ、そして必要な物は全て購入したい」
それからは、ものの数分で、海斗の指示により全ての品物を買うことが出来た。肉に野菜、そしてカレールゥ。しかもそれが10分で出来るカレーという。夢のようだ。
「多分、失敗はしませんよ。簡単なので。野菜を切るのはこれでウィーンってやってください。それとご飯はきっと炊いてないと思いますので、これです。レンジでチンしてください。そうすればすぐに熱々のお米が出来上がります。カレーには米でしょ?あっ、後、オリーブオイルですね。はい、これ。これは僕のおすすめです。美味しいですよ。それと、冷蔵庫が空っぽなんですよね?この辺の食材にこのオリーブオイルをかけるだけで美味しくて簡単だから…これと、これと、あとこれ?肉もいる?ああ、そうですね、多めに買っておけば問題ないでしょう。これで、明日まで外に出ることなく、毎食ご飯を美味しく食べられますよ」
「すげぇ…海斗…」
「マジで感謝する」
先輩と岸谷が、海斗に向かい同時に呟いた。海斗が岸谷の慌て具合を察してくれたので、買い物カートにはカレーで使うものと、それ以外の食材と、あれこれ入れてくれていた。海斗は料理が好きらしい。
そして海斗が『ウィーンってやって』というのは、野菜をみじん切り出来るフードプロセッサーというやつだ。不器用な岸谷にはうってつけの物だ。
電源を入れて、野菜を入れるだけで簡単にみじん切りが出来るという。素晴らしい。運良くこのスーパーに売っていたからそれも購入した。これで準備万端だ。
先輩の名前は芦野 という。スーパーの制服に芦野というネームプレートを付けていた。
「芦野 くん、海斗 くん。ほんっとうにありがとうございました。また来るね。今から教えてもらったやつ、頑張って作ってみるよ」
岸谷は二人に大きく手を振って、スーパーを後にした。
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