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第54話 岸谷

「玖月、ごめん!俺が明日迎えに行かないといけないのに。玖月がいないと、俺はどうしようもないよ。ありがとう、帰ってきてくれて。愛してる。玖月、愛してる!」 やっと会えた玖月に思いっきり想いを伝える。愛している、好きだ、寂しかったと。 「うわぁ…」と、知尋の声が聞こえ我に返った。そうだ、知尋を家に呼んで飲み直しをするんだったと。 「あ…玖月、あのさ、」と、岸谷が抱きしめる手を緩めて玖月に説明するために、話しかける途中で、遮られた。 「なんで、ちー兄がいるの?僕が実家に帰ってたから、どうせまた優佑さんを責めてたんでしょ?何?また引き離そうとしてんの?」 玖月が、すかさず誤解をしている。むーっとした顔で知尋のことを見ている。 「いや、違う違う。あのね、今日は知尋と飲んでたんだ。それで、飲み直ししようぜって言って、明日玖月を迎えにいくから、今日はここに泊まれって俺が誘ったの。ほら、渚ちゃんも里帰りしてていなくてさ、知尋もさみしいんだってさ」 そうなの?と玖月に見上げられる。可愛くてキスしそうになったが、兄である知尋がいるため我慢をした。 「そうか…じゃあ、ちー兄どうぞ。こっちきて。とりあえず二人ともシャワー浴びてくれば?ちー兄の着替えを準備してくるから待ってて。さっぱりしてから飲み直ししましょう。僕も仲間に入れてよ」 「えっ!本当?よかった〜。俺、玖月と一緒に飲めるの嬉しいよ!じゃあ、改めてお邪魔します。しかし、ひっろい家だよなぁ。リビングもすげぇな。な、ひー、すげぇよな?」 実家ではツーンとされていた玖月と会話が出来てホッとした様子の知尋が、ペラペラと喋り出したところを、また玖月にピシャッと冷たく遮られた。 「ひーって呼ばないでもらえます?ひーって呼ぶのは優佑さんだけなんで…」 思わず知尋と目を合わせてしまった。玖月はパタパタとゲストルームの方に準備をしに行った。 「知尋、お前自分で墓穴掘るタイプな…」 「こわっ…玖月、お前と一緒になってしっかりしたっていうか、キツくなったぞ?」 コソコソと話をしていると、またパタパタと音がして玖月が戻ってきた。ゲストルームの方のバスルームを知尋に使ってもらうという。 「それと、はいこれ。着替えね。新しい下着もあるから使って。そっちの奥がゲストルームのバスルームだから、終わったらリビングで飲もう。待ってるから」 テキパキと玖月が知尋をバスルームに連れて行ったが、その後猛ダッシュで玖月だけがリビングに帰ってきた。 なんだそんなに俺に会いたかったのかと感動し「おお、玖月!俺も会いたかった」と抱きしめて「好きだよ」と頬にキスをしたらグイグイと身体を離される。 「優佑さん!早く!出して!これに入れて!とりあえず、リビングとゲストルームね。ゲストルームの方のバスルームは回収してきた。早く!ちー兄が出てくる前に!」 これに入れろと大きなランドリーバスケットを出している。へ?何のことだ?と酔ってる頭で考えていると、玖月は真剣な顔をして小声で言う。 「隠してるローションとコンドーム!早く出して!見つかるでしょ!」 ああ…密かなる計画が… と、一瞬がっかりするも、それどころではない。玖月が焦っている。部屋中にスタンバイさせていたのを、早く片付けろと言っている。 知尋を誘って家に連れて来たのは岸谷本人だ。部屋中にローションとコンドームをスタンバイさせていたことを、すっかり忘れて、のうのうと連れて来ている。知尋に見つかったら、恥ずかしい思いをするのは玖月なのに。 玖月が思い出してくれてよかったと、ホッとするも、早く回収しなくてはならない。知尋がシャワーから出てきてしまう。玖月の名誉のためにも、知尋に見つかるわけにはいかない。 しかし…こんな時に、隠したところを全て思い出せないでいる。シラフの時ならまだしも、今はハイペースで飲んできてちょっと酔っている。ヤバイ、マジでヤバイ。 「えーっと、リビングは…ここ?あった!で、キッチンか…いや、その前にカーテンの後ろだな。と…それと、あーっ玄関か」 と、二人で回収していく。玖月は途中、えっ?こんなとこも?と小さな独り言を呟いていたのが聞こえてきた。 ソファの隙間にコンドームを一つずつ、丁寧にずらっと一列にギュウギュウと押し込めて隠していたがわかった時、玖月は絶句して岸谷を眺めていた。呆れている顔をしていたが、そんな顔をしても可愛かった。 「ちー兄が今日ゲストルームに泊まるから、そこを早く回収して!どこにあるか僕だとわかんないよ。回収したら僕たちのベッドルームの方に置くから」 「はい!」と返事だけは元気よく言い、配置場所を頑張って思い出しながら、玖月の指示通りにゲストルームのローションとコンドームを回収した。 「本当にここだけ?大丈夫?」と玖月は何度も確認してきた。「大丈夫だよ!」と伝えたが、多分、大丈夫…だろう… 大きなランドリーバスケットにガチャガチャとたくさんのローションとコンドームが埋まっていく。回収しちゃったから、また一から配置し直しかとそれを眺めた。 「玖月、ありがとう!シャワー浴びてスッキリしたよ。じゃあ、飲もうぜ」 知尋がさっぱりとした顔でリビングに現れた。玖月に『早く!』と口パクで言われたので、ローションとコンドームがパンパンに入ったランドリーバスケットを持って、そのままベッドルームまで置きに行く。 ガチャガチャと不自然な音をなるべく立てないように神経を使って運んだ。 そのまま岸谷もシャワーを浴びてリビングに戻ると、兄弟たちは仲良さそうにキッチンで会話をしていた。 キッチンのダイニングでビールを飲みながら何かつまみを作ってくれているようだ。後ろから二人の姿を眺める。 「玖月、潔癖症治ってよかったな。優佑と一緒だと症状が出ないんだろ?」 「うーん、治ったかどうかわかんないけどね。今は特に気にならないかな。マスクも手袋もとりあえずバッグに入れてるけど、着けることもなくなったよ?っていうかさ、優佑って…ふふ、何でそんなに仲良くなったの?優佑さんと。嫌ってるかと思ったのに…ふふふ」 「別に、嫌ってないよ。優佑のやりたいことだって理解できるし、俺のやりたいことも優佑は理解してるだろうし。後は、玖月を大切にしてくれればいいんだ」 「ふふ…ものすごく大切にしてもらってるよ?僕も、すっごく大切にしたい人だし。それに、僕が選んだ人だから間違いないし?」 「ふーん…」 知尋が玖月の横に立ち、作っている料理を眺めている。 「知尋、羨ましいんだろ?」と、後ろから岸谷が話しかけた時、知尋と玖月が同時に振り返った。 その顔がそっくりで可笑しくなった。見た目は全く似ていないのに、やっぱり兄弟なんだなと感じる。どこがそう感じるんだろう、雰囲気なのか。違うな、わからない。 「何、笑ってんだよ」と、知尋に言われる。玖月はその隣でニコニコとしていた。 だけど、家族とか兄弟とかって、結局、似ている。玖月や知尋を見てもそう思う。たまにはすれ違ったりすることもある相手だけど、時には自分のことよりも深く考える相手だったりする。 「俺も玖月と家族になれたかな…なりたいな。結婚したも同然だからもう家族か!そだな!家族だな!」 と、二人に向かって言ってみると、知尋は「はあ?」と嫌な顔をし、玖月は「嬉しい!」と笑ってくれた。 「じゃあ、飲みますか?リビングの方にします?」 「おっ!いいね、そうしよっか」 「あっ、この酒ってあれだろ?流行ってるやつだろ?なぁ、優佑」 明日は三人とも休みだし、お酒が好きだし、飲み明かしますかということになる。 そういえば…と急に思い出した。 『酒を販売する理由』を高坂に聞かれたことがあった。あの時は聞かれてイラっときたが、今ならはっきりと答えることができる。 後押しだ。人の記憶に残るのは楽しかったことが多い。思い出すのも楽しいことだ。前向きな気持ちや行動、それを後押し、手伝いをする力が酒にはある。その記憶に残る相応しい酒を、できるだけ多くの人に提供したい。それが、俺が酒を販売する理由だ。 今日の酒も記憶に残るだろう。明日の朝、起きるのが辛くても、それもまた楽しい記憶のひとつになるはずだ。 「優佑さん『You are my Boo 』とアイス食べる?」 「おおっ!食べる!」 「何だかわかんないけど、俺も!」 ソファの上で三人で行儀悪く、楽しく酒をまた飲み始める。

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