55 / 61

第55話 岸谷

深夜2時を過ぎて、そろそろ寝るかとなり、知尋はゲストルームの方に行った。 玖月を連れて岸谷もベッドルームに行き、やっとキスをすることが出来たと、思ったところまでは覚えている。 だけど、結構飲んだからか、そのまますぐ玖月を抱きしめながら爆睡してしまった。 翌日は少し遅い朝となる。目が覚めるがベッドの隣に玖月はいない。 リビングを通ってキッチンに行くと玖月がいるのが見えた。そろそろ知尋も起きてくるだろうからと、食事の準備をしているようだ。 「玖月?」 「あっ、おはようございます。優佑さん、二日酔い大丈夫?お味噌汁作ったよ」 やっぱり家にいてくれるだけで安心する。もっと大切にしないとなと思う。キッチンに入り、玖月の手伝いをしようとするも、やんわり断られてしまった。 「この前の話だけど…ちょっと時間かかるかもしれないけどさ、俺なりに考えてるから、心配するなよ?親父とも、もう喧嘩腰にはならない。約束する」 「うん…わかった。僕はどんなことがあっても、どんなことになっても優佑さんのそばにいるね」 「帰ってきてくれてありがとう」 そう言うと、玖月は顔を上げて笑顔を向けてくれた。どこか吹っ切れたような、わかってくれたような顔をしている。ぎゅっと抱きしめ、頬にキスをした。 「うわぁ…俺タイミング悪っ…おはよう」 知尋がキッチン前に現れた。弟の甘い雰囲気を目の当たりにして、嫌な顔をしている。それでも、おはようと頑張って言っているのが可笑しかった。 「おおっ!知尋、起きたか。二日酔いになってないか?俺たち、結構飲んだよな」 「優佑、もう玖月を離せ…俺の前でやめろよ、そういうの。恥ずかしいだろ」 「やだね」と、ふざけてまだ玖月をギュウギュウと抱きしめて、見せつけてやった。 玖月が作ってくれた朝ごはんを三人で食べる。知尋が朝ごはんは久しぶりだと、テンション高く喋っている。 渚が里帰りをしてから、知尋はひとりだと何もしたくないらしい。朝ごはんを食べることなんて、最近はないなぁと言っている。その気持ちはよくわかる。 「ちー兄、陽子さんの家、部屋の片付け終わってるからさ、ベビーベッドとかもう運んでいいよ?あっ、ベビーカーはこの前、渚ちゃんと一緒に選んだやつ、陽子さんのとこに届いてるから」 「ほらーっ、な?俺の知らないところで」と、知尋はブツブツと言っている。 「玖月、知尋が渚ちゃんを取られるって言って、ヘソ曲げてるぞ?」 玖月の作ってくれた朝食は美味しい。知尋はおかわりをしている。この部屋でこんな風に他人と食事をするのは初めてだ。そもそも以前は他人を家に呼ぶことがなかった。玖月と一緒になってから、自分の生活も幅が広がったと感じる。 「そうだよ、買い物だったらさ、運転手でもいいし。何でもやるよ?俺も仲間に入れてくれたっていいじゃん」 玉子焼きを摘みながら知尋が訴えている。 「えっ?何?運転手って…別に、ちー兄を仲間はずれになんてしてないじゃん。ベビー用品を買いに行くのはさぁ…ほら、ちょっと、ちー兄だとさぁ、センスがさぁ」 「センスがなんだよ…」 玖月と知尋の兄弟としての会話を聞くのは初めてかもしれない。ちょっとめんどくさそうに、でも甘えたように、兄に喋る玖月が新鮮で可愛かった。 「お前のセンス、ダメ出しされてんだよ」 「うるせぇよ、優佑」 玖月が声を立てて笑っている。知尋の玖月に対する態度を見ると、やっぱり玖月は大切に育てられたんだなと感じる。二人の会話を聞けば聞くほど岸谷にはそう伝わっていた。 玖月と一緒に車で送ると伝えるが、知尋はこのままひとりで帰るから、見送るのも玄関迄でいいと言う。 「じゃあな。ま、頑張れよ。何かあれば連絡しろよ」 「おう!」と答えた岸谷を玖月は笑って見ていた。 ◇ ◇ あれから大きな波風も立たず、毎日が順調に過ぎていく。玖月と心穏やかに過ごせて幸せだ。 会社もいくつか抱えていたプロジェクトの全てを成功させている。日本酒だけではなく、今は、国産のワインを大々的に売り出していて、社内もますます活気が溢れている。 岸谷は『密かなる計画』で使う物を部屋中にスタンバイさせながら、最近の日々を振り返っていた。 避けられない問題がある。 だが、その問題は大きく、解決させるには情報収集と自身の覚悟が必要だった。 カーテンの後ろにスタンバイさせているローションを補充し、ソファの隙間にコンドームを配置させ一息ついた。最近、岸谷の休日は、この補充作業から始まる。 「優佑さん!ここにずらっと入れないで!もう、掃除する時、びっくりするんだから。ここに置かなくてもいいでしょ?」 ソファの隙間に補充し、埋めていたコンドームが、もう見つかってしまった。 「ベッドまで取りに行くの面倒じゃん。それに玖月はここだとソファが汚れるって気にするだろ?ソファの隙間ってこういう使い方あるんだなって学んだよ。便利だよな」 「そんな使い方はしないでしょ!しかも、こんなにたくさんはいらないよ…ひとつ!ひとつでいいよ」 もう、と言いながら顔を赤くさせている玖月が可愛い。ソファに座り直し、膝の上に玖月を無理矢理座らせた。 「玖月、ちょっとさ、この後外出してくるよ。すぐに帰って来ると思うから待ってて。そうだ、帰り道に連絡したらスーパーまで来る?待ち合わせしようか」 「今から?今日はお休みなのに…仕事ですか?ゴルフの練習?違う?…何だかわかりませんが、大丈夫でしょうか…でも…うん!そうですね、わかりました。連絡ください、待ってます。スーパー行きましょう。今日の夜は何にしようかな。優佑さんの好きなお肉にしましょうか」 最初は怪訝な顔をしていたが、顔を覗き込まれてから何となく玖月は察してくれていた。聡いなと思う。 それからすぐ、スーツに着替えて岸谷はひとりで外出した。

ともだちにシェアしよう!