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第57話 岸谷

「優佑さんが高坂さんの会社を買収するの?」 「そうなんだよ。こんな年寄りにさ、ひどいことするよねぇ。かなり安く買い叩いて買収するんだよ?優佑は、僕の後を継いでくれればいいだけなのに。会社を買っちゃうなんてひどくない?僕、買われちゃうんだよ。あっ、違う。もう買われちゃったんだ」 「おい!親父、ふざけて言うなよ。聞こえがよくないだろ?」 あっはははっと、高坂は大笑いして、高坂酒造の最高級である日本酒を飲んでいる。上機嫌だ。 今日は玖月と一緒に高坂の家に来ていた。今夜はかなり飲むことになるだろうと思い、ここに二人で泊まることにした。 酒造や酒蔵などは経営者の高齢化と、後継者がいない問題が影響して、事業承継がうまくできず、結果的に廃業する会社が増えているのが現状だった。 しかし、後継者が選ばれても、育て、引継ぐには準備も時間もかかる。 会社がくたばるか、育てる方がくたばるか、もしくは継いだ者がくたばるか。高坂が最も心配していた問題だ。 会社といっても、一般企業と酒造業はちょっと違う。後継者ひとりに任せることが多くあり、それが今までのやり方だが、それだと育てるにも時間がかかり、事業継続できず潰れる可能性が高い。 だから高坂酒造は長い期間、後継者を決められず、ここまで来てしまった。後継者がいない、かといって、廃業もしたくない。どうしたらいいかと、ずっと悩んでいたのかもしれない。 だが、今までの後継者をひとり立てるというやり方から、岸谷の会社のように、営業力ある企業が買収し新しい取り組みを行うことで、酒造の築き上げた伝統をより多くの人に届けることが可能になる。 そうなれば高坂の会社を存続できると同時に、新しいサービスを販売し拡大を狙うことができる。高坂が心配する廃業もない。更には、従業員の待遇も変わらないとなれば、問題はない。 岸谷は、解決策はそれしかないと考え、企業買収に向かい動いていた。だが、買収する方にもリスクは大いにある。共倒れしたらたまったもんじゃない。高坂、岸谷と両方の会社に影響が出てしまうかもしれない。だから覚悟を決める必要があった。 高坂酒造を調べ、リスク回避を考える日々の中、この件で相談していた乙幡から何度も連絡があり、後押しされていたことがあった。 「伝統ある業界の継続的な成長のためには、買収によって伝統産業を次の世代に承継し、時代の変化に沿って更なる発展を目指す必要がある。だから、ここはもうお前が買収するしかないんじゃないか」と、シビアである乙幡も、岸谷と同じ考えを口にしていた。 岸谷が覚悟を決め、買収に踏み切ったのも『俺たちがこれからの時代を作って行くんだから。伝統や、親父さんのやってきたことを守るひとつの策だろ?』という乙幡の言葉があったからだ。 高坂が美味しそうに日本酒を飲んでいる。 「でも、まぁ優佑にならいいか。買収っていうのが気に入らないけど、結局、継続してくれるってことだもんな」 「海外企業や知らないやつに買収されるより、俺の方がいいだろ?どっちにしろ会社をひとつにしないと色々なことはできない」 前向きな手段として買収を活用した。買収された後も、買われた企業は存続し、資産や商品、顧客と結んだ契約なども引き継がれる。 「従業員の待遇も変わらないし、条件は悪くないはずだ。親父だって、顧問だろ」 「高坂さん、顧問なんですね。じゃあ、顧問!今日は飲みましょう!」 玖月が明るい声で間に入ってきてくれた。今までのやり取りを聞いて理解してくれたようだ。最近、この問題を抱えていて、家に帰るのが遅かったから心配をかけている。やっと解決してよかった。 「うん。そうだね、ありがとう。玖月くんと一緒に飲めて嬉しいよ」 「高坂さんは僕が心を許せる人です。ずっとそう。潔癖症が酷かった時、支えてくれてたのも、高坂さんだったし。カッコいい人って思ってます。そんな高坂さんの新しいスタートを一緒に祝えて嬉しいです」 「嬉しい…なっ、なっ?聞いたか?優佑。お前よりもずっと前から玖月くんと付き合いがあるんだ。僕の方が付き合いが古いんだ」 「あー、はいはい」 ずっと前から高坂は悩んでいたのかもしれない。そのサインを出していたのに見逃していたのかもな、と思うと居た堪れない気持ちもある。 この広い家にひとりで住み、経営者として苦しい思いもあり、家族にも、誰にも相談出来ず、ずっとそんなことを考えていたのはどんな気持ちだろうか。 「彩の家族が離れに家を建ててよかったか?うるさくないか?ひまるもいるし」 「そうだな、ずっと静かだったからどうだろうかと思ったけど、案外、うるさいのも楽しいよ?今日は、玖月くんも泊まってくれるし。誰かといるのも楽しいよね。今日はありがとうね、玖月くん」 玖月の方を向いて高坂はニコニコと笑っていた。 「明日、帰る前にまたひーくんに会えますかね?あっ、朝ごはんも食べましょう!明日の朝、張り切って作りますね」 「とりあえず今日は、この高い酒を飲み干そうぜ」 酒は、誰かと飲むから美味いんだ。最近特にそう感じる。 「玖月くん!これSNSにアップしないの?していいよ、このお酒とご飯。更新したら、僕もいいねするよ?」 「ええーっ!高坂さんSNSやってます?うそっ!知ってるんですか?えーっ!」 かかかっとまた声を上げて高坂が機嫌良く笑っていた。 ほらな、やっぱり。 酒が新たな気持ちの後押しになる。追い風が吹いてそれに乗るような感じだ。

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