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※ 執務室・ウィズ・エリオット その1

 ゆっくりとしたストロークはエリオットだけでなく、挿入されている側にも頭で考え、脳で感じ入る余裕を与える。 「は、ぁ、んぅ、あっ、ああ、ああ……」  デスクへ仰向けに横たわり、しどけなく脚を開いたまま、ハリーは腹の中を行き来するペニスに浸りきっている。徐々に熱く、短くなる息を吐き出す口元はうっとりと崩れ、舌が乾いた唇を何度も舐めた。時々何とか熱を逃がそうと言わんばかりに、頬がデスクへ押しつけられる。 「いい子だね、ハリー」  露わになったこめかみに唇を落とし、エリオットは優しく囁いた。身を乗り出すことで、中で先端の拡張する角度が変わったのだろう。ハリーの腹筋はひくっと震え、上半身が微かに浮き上がった。 「ゃっ、ああ……!」  シャツのボタンは全て開かれ、剥き出しになった乳首が直にエリオットの体へ擦れる。更に押しつけて芯を持った粒を自ら薙ぎ倒し、快楽を煽ることをハリーは恐れない。密着した身体から漂うカルヴァン・クラインと、桃を思わせるローションの人工的な甘ったるさ。  彼が市長に就任して半年と少し。市政を司る存在として、堂々と采配を振るう姿も板に付いてきた。なのに、こうして男に抱かれている様は、選挙事務所で世論調査の結果に一喜一憂していた「前途有望な若き市会議員」時代と何一つ変わらない。  可愛いと思ったし、口にも出した。目を細めて見下ろすエリオットの前で、ハリーは火照った頬を益々赤らめ、はにかんでみせる。  「エル……」  力ない指が顔に触れてくる。すぐに察して、エリオットは眼鏡を外し、デスクに乗せた。  項に回された手へ引き寄せられるまま、唇を重ねる。最中も、そうでないときも、ハリーはキスを好む。煙草を吸っている唇とするのは特に、なんて調子の良いことを言うが、つまりのところいつでも口寂しいのだ。もどかしさを覚えた時にペンの尻を噛むのは、エリオットが選挙対策委員に就任した際、まず最初に矯めさせた癖の一つだった。  昼食に食べたらしいオーロラソースの味が残る舌は、構ってくれと言わんばかりにエリオットの前歯へ触れる。こちらからも絡めてやれば、んん、と嬉しそうに喉が鳴らされた。  彼に己の舌を頬張らせ、嬌声が柔らかな口腔内で蟠るのを良いことに、エリオットは市長をいかせることに注力した。ぐ、ぐと結腸をこじ開け、雁首で腫れた弁を潰すように腰を回せば、薄く閉じられた瞼がぴくぴくと痙攣する。ただただ受け身の快楽を貪っている、軽い苦痛を湛えた表情は、やもすれば女のように見えた。こんな髭すら生やした、男性的な端正さの持ち主なのに。 「んぅーーー!!」  腕の中でぴくぴくと上半身が跳ねる。低い閾の、とてつもなく長引くオーガズム。古代の剣闘士を思わせる分厚い肉体が、引きつけじみた硬直の後、もどかしいほどゆっくりと弛緩していく。  絶頂はしばしば死に例えられる。ハリーもしばらくの間、ただ肩を大きく揺らして呼吸を続けるのが精一杯で、指一本動かすことすらままならないらしかった。腹の奥で極めた際によくあるが、ペニスはすっかり芯を失い、避妊具の縁から溢れた精液が性毛へ絡みついている。辛うじて天板の縁に引っかかっていたオックスフォードシューズの踵が滑り落ち、がたんと机の脚にぶつかった。逆の脚は相変わらず、曲げられた膝が机に付くほど開いている。彼の柔軟性について、いつもエリオットは素直に感嘆し、同時に上手く操縦することへ苦心していた。  乳輪からふっくらと膨れ上がった赤く美味しそうな乳首も、汗を掃いたくっきりとした隆起を見せる腹筋も、触れたいと言う欲望を簡単に焚きつける。けれど今の状況だと、ほんの少しの刺激でも快楽と紙一重の苦痛に繋がりかねない。できる限りそっと、ペニスを抜き去ったつもりだが、それでもハリーは「ゃ」と小さく呻き、身を縮めた。  エリオットが眼鏡を再び掛け、額に垂れ下がった髪を掻き上げた頃には、もう覚醒まで道を半分ほど引き返してきている。ほの赤くなった眦と、油を塗ったような鈍い輝きを放つ緑のまなこは、こちらへひたと向けられる。 「もっと」  呂律の怪しい、幼子のような口調で強請られたものが何か。考える前に、取りあえずエリオットは、相手を安心させることに定評のある微笑みを浮かべて見せた。残念ながら今のハリーには通用しない。彼は底無しに貪欲過ぎる。ゆるゆると伸ばされた腕を取って、手の甲に口づけ、次に唇は額へ。それでようやく、安堵の溜息が耳へ届く。 「今日は甘えん坊だな」 「寂しいんだ」  ぽろりとこぼされた独白だけでも十分聞き捨てならないのに、「君は僕を愛してないだろう」と続けられれば、思わず片眉をつり上げる。 「いいや。君のことを愛してるよ」 「でも僕とやってる時、君はずっと、僕を見てる。目を閉じるのは、キスする時だけだ」  何故? と心底不思議そうで、寄る辺なさげな口調に、作為はない。だからエリオットは、正直に答えた。 「何故ならハリー、私は君のことを信頼していないからさ」  傷ついた表情が向けられる前に「君だけじゃない、誰のことも。信じられるのは自分だけ」と続ける。  この街を、ひいては国を良くしたいというハリーの理想は耳に心地よい、そのひたむきな熱意に賛同もした。彼のために持てる力を尽くそうと思った。  だが努力は必ずしも報われるとは限らないことを、エリオットは知っていた。幾らデモでスローガンをぶち上げようと、ゲイだから、黒人だからという理由で人は殺されることも。より良く在りたいと、どれだけ強く願ったところで、信念はいとも容易くよろめく。 「私は君に戦って、生き残って欲しい。でも君は余りに無防備だ。ナイフを心臓に突き立てられる瞬間まで、暗殺者へ向かって笑っているんじゃないかと心配になる」 「僕は深窓の令嬢か? これでも法廷では負け知らずで名高かった。恋人と会う時間を作りたいからって、認知症の母親をベッドへ縛り付けて窒息死させた男を無罪にする為、どんな汚い手を使ったか、ここで話してやろうか」  挑発するように吊り上げられた唇を目にし、エリオットは益々笑みを深めた。勝つ為になりふり構わないことと、喜んで人を陥れることは全く違うと、理解していない人間は多い。  この男にも理解して貰う必要はあるが、かといって染まらせるのは躊躇する。せめて平然と傍観していられるだけの余裕を持ってくれれば──これは本人も自覚していることだから、敢えて指摘はしない。だがやはり、後4年、議員として経験を積んでから市長選に出馬した方が、この男のキャリア形成として適切だったのではないか。エリオットの懸念は日を追うごとに確信へと変わっていく。  だが、アクシデントは起こるもの。ピンチこそチャンスに変わる可能性が高い。この国では過去に、三流のカウボーイ役者が合衆国大統領になった例もある。ハリーも今期に躍進を遂げ、止まらぬ成長への期待値を上げれば、3年後のインパクトも増すと言うものだ。 「前から思っていたが、君は寂しい男だな。早く彼氏作れよ」 「今は君のことで頭が一杯さ」 「そんなこと言っても、騙されてやらない。君の同棲相手と違って」 「だから、ヴァルとは何も……」 「さぁて」  もぞりと身を起こし、ハリーは己の身体から取り外し、口を縛った避妊具を鼻先に翳した。あどけない口調で「こんなにいっぱい出た」なんて笑うのが芝居でないなら、全くとんでもない話だった。 「彼は絶対、完全なヘテロじゃないぞ、賭けてもいい。もしも間違ってたら、来週の『サンデーモーニング・イーリング』に出演したとき、ストリップしてみせる」 「ラジオ局で脱いだところで、番組のスタッフしか見てくれないよ。大体、私が目を開けているのを知っているということは、君も私を見ていたということだろう」  冷えていく全身の汗を誤魔化すために、ハリーは肩をそびやかした。 「君も私を信頼していないのかい」 「いや。時々、僕をどこへ連れて行こうとしてるのか、疑問に思うときはあるけど」  そう口にしながら、顎に手を当ててじっと考え込む。服を脱いでいないときに作られる表情だったから、エリオットも何気なく、仕事の予定を頭の中で整理し始めていた。 「交通局との会食は来週だね。合意に至れば、とうとう駅の件について採決だ」 「ああ。君には本当に、力になって貰った」 「スタッフ皆の努力が結実したのさ。特にヴェラは、いい加減有給を取らせてやらないと」 「彼、最近胃カメラを飲みに行ったって噂だが」 「噂だろう。本人に聞いたらいい」 「僕には話してくれない。変なところで意地っ張りだし、我慢強いからな、全く可愛い奴だよ」

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