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※ 執務室・ウィズ・エリオット その2
己が紹介した胃腸内科を受診したらしい。可哀想に。ここへ四十路を迎えて以来、毎朝新鮮な果物とアルカセルツァーを摂るようになったゴードンを含めたら、チーム内で胃薬に頼っている人間が過半数を超えてしまった。
「確かに、まずは僕から信頼していることを示さないとい」
うんうんと考え込んでいた顔が持ち上げられた時、ハリーの緑色をした瞳には、きらりと眩しいほどの輝きが灯っている。すぐさま、テーブルで渦を巻くように打ち捨てられていたシルクのネクタイが手に取られた。ゼニアのダークブルーをしたそれは、自身の目元を隠すよう後頭部で結び目を作る。
「これでもう、僕は君のすることが分からない。視線も気にならなくなるから、ちょうどいいな。さあ、好きにしてくれ」
「まだするつもりかい」
「足りないよ、君と過ごす時間はいつでも……大体君、股間のそれ、どうするつもりなんだ」
そう言えば、まだ射精していないと思い至る。いつもならば、ハリーがまだぼんやりしているうちに自分で処理する。今回は機会を失したので、もう一つよく使う手段でごまかすつもりだった。頭を使う、胃が痛くなるような話をしつつ、冷たい水でも飲んでいたら、嫌でも萎える。
考えてるうちに、ハリーはデスクから飛び降り、こちらへ歩いてくる。まだ覚束ない足取りは絨毯の些細な皺にすら蹴躓きかねない。大体、後処理も禄に済まさず、次々と内腿を伝っていくローションや腸の分泌物は、決して気持ちのいいものではないだろう。身じろぎに、こぽりと音を立てて溢れた、一際粘るゼリーのような塊に、ハリーはがくっと身を傾げた。
前へ突き出した状態で、闇雲に振り回される市長の手を掴み、エリオットは呆れの溜息をこぼした。
「君はやんちゃすぎる」
「やんちゃだとさ。ホーボーケンっ子らしい物言いだな」
導かれ、ドアへ背を預けさせられる時も、全く抵抗のそぶりを見せない。シャツを脱がされる時は、掠める手指の動きで察して協力すらしてくれた。
「目隠し以外は靴に靴下だけって、少し変態臭いな。寒くない?」
「大丈夫だよ。君の好きにしてくれって言っただろう」
寧ろ次に与えられるものを期待して、その頬は挿入されているときの如く紅潮し、燃えている。
彼が掲げる目的を達成させてやりたいと、いつでもエリオットは思っていた。その為には、本人に不本意な真似をさせねばならない時もある。
大抵の人間は、道半ばでその齟齬に苦しみ、歩くのを止める。引き留める権利はエリオットにない。それが雇用されるという意味だから。相応の対価を与えられたのならば、己の感情なんて、ましてや不完全燃焼のくすぶりなんて、見せるのは契約違反に他ならなかった。
理想へ憧れることは、己に許している。けれど信じてはいけない。
その場へ跪き、持ち上げた相手の膝に唇を落とす。擽ったげな忍び笑いと共に、背中が扉へぶつかり音を立てる。
「余り暴れない方がいい。モーに聞こえるぞ」
「嘘だろ」
上擦らせた口調もまだ面白そうな色だったから、そのまま構わず、触れる場所を上へずらしていく。
まだ解れたままの窄まりは、2本の指を容易く受け入れる。差し込んだ人差し指と中指を広げれば、とろとろと残留物が下ってきた。腸壁の襞という襞を埋めるように舐め滑る感触へ、ハリーの背筋はぶるりと震え、「んっ」と甘い呻きが鼻から漏れた。
「だめだ、エル。出したら君が、挿れにくいだろ、っ」
「十分すぎる位だよ」
敏感になった鼠蹊部へふっと掛かった吐息に、逞しい腿が震える。
先ほどまで己が用いていた場所だ。口を付けるのが汚いとは思わない。指の隙間から覗く赤い媚肉をぺろりと舐めてやれば、頭上でごつんと固い音が響いた。
「ひ、っ、い、いやだ」
「嫌なら止めるよ」
「、ぅ……」
この愛撫をハリーが好んでいることならば知っていた。特に一度摩擦され、胎が既に充血している時施されるのを。
「掴まって」
左脚を肩に担げば、すかさずさまよってきた右手が頭を掴む。エリオットオは益々、熱と汗の篭もった男の下肢に潜り込んだ。尖らせた舌で瑞々しい内臓をつつき、その滑らかさを感じるよう滑らせる。刺激にアナルが収縮しようとすれば、拡げる指に力を込めた。指の関節へ巻き付く勢いで食い込む縁と、繊細な場所へ擦れる固い爪の感触。蹴り上げられた膝が耳を掠める前に、一層奥へ舌を突き込む。ちゅぷ、と生々しい響きも、髪を強く掴んだ指が与える痛みすら、刺激に変わる。
「エル、エ、る。ゃ、どうしよう、きもちい、ぃ……」
歓喜を素直に表現する直腸のうねりと、舌足らずな訴えは、途方もなく甘い。今味蕾に感じている、香りだけは桃の、仄かに苦いローションを忘れさせる。
「ぁ、あ、ん、ああっ、ふあ、」
全てを享受して、天を仰ぎ喘ぐハリーは美しい。気まぐれに軽く性毛の生え際を噛んでやりながら、「声、後ろ」と忠告する。慌てて手のひらで口元を押さえる健気さに、忍従も限界へ近付いていた。
膨れ上がった皺と舌を繋ぐ細い糸を目にしていたら、今頃ハリーは羞恥の悲鳴を上げていただろう。駄目押しで、すっかり勃ち上がったペニスを指で一撫でしてやってから、宙空でふらふら揺さぶられたり、快楽を耐えるよう緊張していた脚を降ろす。
尤も、ハリーが両足を床へ着いていられたのは、ほんの短い間だけ。立ち上がった気配に広げられた腕が、ぎゅっと背中に回されたのと同時に、エリオットは右脚を脇へ抱え上げる。
暴かれた場所へひたと押し当てられる熱に、鋭く息の飲まれる音が、鼓膜を侵す。
「エル。愛してる」
視界を覆う布の色を濃く変えているのは、額やこめかみに浮いた汗かと思っていた。だが相手の肩口へ押しつけられることでくぐもるハリーの声は、微かに震えている。
「すまない。君が愛してくれてることも分かっているんだ。でもぼくは、なにを与えれば」
「君は捧げてくれているよ、ハリー」
誰にでもその身を捧げなければならない男が、パズルのピースを一つくれた。どのような色に塗っても良いと言われたそれは、彼を形作る中でも、極めて重要な部位だった。
人々に染め上げられて、ハリーは栄光の座へと上っていく。一度手に掛けたならば、責任を取らねばならない。幸い今はそれが、許されている。
しっかり愛さなければ。少なくとも、ハリーが己へ囁いた愛と同じ重さで。
浮いていた脚が意志を持ち、己の腰へ絡みつく。自重へ逆らうことなく落とされた身体に合わせて、エリオットも腰を突き上げた。
「あ、ああっ!!」
この悲鳴は多分、扉の向こうにまで響いている。モーのデスクが空白である事もその理由も、エリオットは執務室へ入る前に確認していた。あのメリル・ストリープも、スラックス越しにすら分かる元海兵隊員の逞しいものへ、興味を抱いているのだろう。彼女は市長と違い分別があるので、ちょっといびれば書類を持ってきた哀れな秘書を解放してくれるはずだ。
一瞬、背後を確認するように首を捻ってから、ハリーはだらしなく開いた唇からはみ出た舌を、一層突き出した。
「あ、エルっ、キス、キスしたい。しながら奥、突いて」
必死の誘惑は扇情よりも、後に付け加えられた「こえ、聞かれるの、いやだ」と言う憚りの意味合いが強いのだろう。辿々しいお願いに胸が締め付けられ、エリオットは相手の唇を塞いだ。うねり絡みつく2つの粘膜、肉厚の舌が差し出されたエリオットの舌を導き、受け取った快楽は内臓に波及して、ペニスを痙攣じみた動きでしゃぶり尽くそうとする。
唇が僅かに外れるたび、は、と小さく吐き出される籠った呼気が、エリオットの息を吹き返させる。
「ハリー、君を信じたい。努力してるんだ」
何もいらない。君は裸でいい、私が操ってやる。一人で歩き、立ち去る姿を見送るのはうんざりだ。憧れさえ失った人生は味気ない。私だって本当は、人間なのだから。
呟きを聞き届ける余裕などあるはずもないのに、ハリーはこくこくと頷き、縋る背中へ爪を立てた。
「だめ、だめだっ、あ、ぅ、は、孕む、もう、もうむりっ……!」
ラテックスの皮膜越しに注がれて、自らも解放した時、そんな事などあるはずも無いのにハリーはそう訴えた。
彼の背中をドアへ叩きつけ、押し潰すように抱きしめることで、ハリーが望む形の愛を与える。余韻も冷めぬまま顎を持ち上げたハリーが、見つけ出した唇をがむしゃらに割り開こうと接吻を仕掛けても、エリオットは拒まない。往なすように一度軽く吸ってやる真似すらした。ハリーはふるりと身を震わせ、蕩けた笑みを口元に浮かべた。
もしも君を孕ませる事が出来たなら、何が生まれるのだろう? そんな絶望的な言葉を口にする事が、おかげで出来なかった。
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