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割り切って演じている ★

「あっ……あっ……」  つい2時間ほど前まで人の熱気と酒の匂いが充満していた店内に、誉の声だけが響く。店で一番ゆったりとした造りのソファの上。そこに仰向けになって、マネージャーを受け入れていた。  はあはあと、生臭い息を耳元で吹き付けられて、誉は(あえ)ぎながら顔をしかめた。  いつものことなのだが。マネージャーの興奮が増すのに反比例して、誉の熱は下降していく。 「藍沢くん、可愛いよ」とか、「藍沢くん、最高だよ」とか、歯の浮くようなセリフを耳の傍で(ささや)かれる。心の中では、キモいこと言うなもやし野郎っ、と暴言を吐いているが、表向きは喜ぶフリをして、さらに声を上げるようにしている。そうすると、マネージャーが喜んで、早くイってくれるからだ。  マネージャーとのセックスは、もう惰性と生き抜くための手段なだけなので、そこに快感を求めることもない。というか、期待していない。そのため、なるべく最短のスピードで終わらせたいと思っている。  彼の場合、もともとノンケだったせいもあるのか、女みたいな可愛い反応をすると興奮が高まるようだった。だから、ほんとは出したくもない声を上げたり、やりたくもない仕草をしたりしているのだが、それはそれでAV女優にでもなったつもりで割り切って演じている。 「藍沢くん、ここ、感じる?」 「あんっ、やっ、そこ、ダメっ……」  ダメなわけあるか。(すずめ)の涙程度しか感じねぇって。 「そんなこと言うなら、もう乳首、触ってあげないよ」 「あっ……そんな……意地悪しないでぇ……」  焦らしはもういいからっ。早く、もっと腰振ってイってくれっ。 「そしたら、ちゃんとお願いしてくれる?」 「お願いだから、触って……」  ……きもっ、俺。  藍沢くんっ。そう小さく興奮気味に叫んで、誉の胸を弄くり回しながら、マネージャーがようやく腰を再び振り始めた。  もう一息。 「あんっ、あっ、もっと、もっと激しくしてぇ」  そう女みたいな可愛い声を上げながら、感じすぎて耐えられないという顔を作って訴えた。その1分後。  ううっ、とうなるような声でマネージャーが果てた。心の中でやれやれと(つぶや)く。一仕事終えたような気分だった。 「良かったよ、誉くん」とマネージャーがぎゅっと誉を抱き締めた。誉はなるべく棒読みにならないようにそれに答えた。 「俺も良かったです」

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