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出会い
じゃばじゃばと、激しい音を立てて水が流れる。
もう完全に発作は収まったようだ。ふうっと、肩で大きく息をついて、ゆっくりと顔を上げた。
シンクの上にある、鏡の中の自分を見た。つもりだった。
え??
目に入ってきた光景が、即座には理解できず、言葉を失う。
だれ……?
鏡の中には。自分ではない、知らない男が映っていた。どう考えても自分とは違う顔の男。
男も目を見開いて、誉を凝視している。向こうも驚いているような様子だった。流したままの蛇口の水音だけが浴室に響く。
あまりにあり得ない状況なのに。不思議と冷静に相手の顔を眺める余裕があった。
綺麗 な人だな。
鏡の向こうの男は、誉と同じぐらいの歳に見えた。肌の色が白い。鼻は筋がすっと通っていて形が整っている。唇の左下にあるホクロが色気を助長していた。肌とは対照的に、夜の闇のように深黒い真っ直ぐな髪。その前髪の先から覗 く切れ長の瞳は、外国人のように色素が薄かった。
ハーフ……なのか?
その男の服装に視線を移した。白衣を着ている。ということは、医者や研究者だろうか? 男の背後にも目を向けると、トイレの個室がいくつか並んでいるのが見えた。どうやらどこかの公共トイレのようだ。
再び、男の顔へと目を向けると、ばっちりと視線が合った。一瞬、どきりとする。男は、誉の顔を探るように、半ば睨 むようにじっと見ている。
そんな鏡の中の男に、誉はニコリと笑いかけた。こんなわけのわからない状況にもかかわらず、なぜか自然と笑みが出た。
それが、九条 千晃 との出会いだった。
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