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2つの感情
先ほどから自分の中で2つの感情がせめぎ合っていた。勢いでこのまま突っ走りたい感情と、やっぱり引き返そうかという感情。
鏡の中の誉がいたシャワー室。あれは、千晃が通っているジムのそれと同じだった。後ろにあったサインにも小さくジム名が書かれていたので間違いない。
ともすれば、今、誉はそのジムにいることになる。もしかしたら間に合わないかもしれない。すでに帰った後かもしれない。それでも。面と向かって誉に会ってみたい気持ちに背中を押され、急いで車に乗り込んだ。
しかし、乗り込んだものの、目的地が近づくにつれて冷静さが戻ってきた。そして今度は緊張が増して怖じ気づいてきた。そもそも会ってどうするのか。どうしたいのか。誉に会ってみたいとは思ったが、それ以上のことは何も考えていなかった。
考えてみれば、自分と誉は友達でもなんでもないのだ。ちょっと奇妙な出会い方をした知り合いで、鏡に映るから会話をしている。それだけの関係ではないのか。
もしかしたら、誉自身は迷惑しているのかもしれない。いつも笑顔でいるが、自分たちの意志とは関係なく無理やり始まったこの関係に、本当は困っているかもしれない。できれば止めたいと思っているのかもしれない。
会ったところで、迷惑がられて終わる可能性だってある。それでも会いたいか。
どうしようか迷っている内にジムの駐車場に着いてしまった。エンジンを切って考える。さっきの様子だと、もう運動を終わらせてシャワーを浴びる感じだった。ならば、すでに帰っている確立の方が高いだろう。
少しホッとする。自分はなかなかの臆病者だ。会いたいくせに、会うのが怖い。
まあ、せっかくここまで来たのだし。今日はもともとジムに来る予定でもあった。会えるかどうかは置いておいて、軽くサウナだけでも入って帰るのもいいか。
そう無理やり自分を納得させて、車を降りた。荷物を持って、ジムの入り口へと向かう。ここは会員制の高級ジムで、施設も充実している。芸能人などの有名人もよく通ってくるらしい。そのせいか、プライバシーにも気を配られていて、スタッフが馴 れ馴 れしくない。放っておいて欲しい千晃にはちょうど良かった。
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