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トリガー

 ランニングマシーンで軽く走った後、ジム専属のトレーナーにアドバイスを(もら)いながら、筋肉トレーニングを一通りこなした。ゆっくりとストレッチをして、シャワーを浴び、サウナへと向かう。  サウナで出会って以来、鏡の中で千晃と会うことはまだなかった。確信はなかったが、鏡に千晃が現れるのは、ほとんどがあの発作が起きた時のような気がした。まれに、意外なタイミングで会えることもあったが、それはきっと千晃側に何かある時なのではないかと推測できた。  つまり、自分たちのどちらかが、何らかの理由でお互いを呼び合っているのではないか。そう思った。ただ、それがどんな理由かははっきりしない。誉の場合、「発作」がトリガーになっていることはほぼ確実だが、それが千晃を呼ぶことにどう(つな)がっているのかは謎だった。千晃側の理由は不明だが、誉の「発作」のことを考えると、同じような状況でトリガーが働いているのではないだろうか。  それが本当なら、鏡で会うことがない時は、お互い精神的に健全だということだ。それはそれで、良いことなのだろうなとは思う。だが、それと千晃に会いたいこととは別だった。  今夜はホストクラブが休みの日だった。昼間に買い物や用事を済ませてから、夜の早い時間にジムに来た。そのせいか、浴室は会社帰りの人たちで混み合っており、サウナにも何人か先客がいた。隅の空いている場所へと座って、ふう、と息を吐いて目を閉じる。こうしてサウナ室にいると、やはりあの日のことが思い出される。千晃の姿が鮮明に(よみがえ)ってきた。  目の前で見た千晃は、鏡越し以上に綺麗(きれい)だった。すらっとした体は程よく引き締まっていてバランスが良かった。肌は異常に白かったが、それが赤い唇や、黒い髪や、薄茶の瞳を際立たせて、まるで完璧に創られた人形のように顔が整っていた。きっとモテるだろうなと思った。  医者で金も持っていそうだし。多くを語らない寡黙な雰囲気がミステリアスで、魅力的に見えるだろうし。  女にも男にも好かれそうな感じがするが、本人はどちらなのだろう。誉に抵抗もなくキスしてきたところを見ると、ゲイなのだろうか?  強引に入ってきた、千晃の舌の感触を思い出す。キスも慣れていて上手かった。きっと今まで相手に困ったことなどないに違いない。  そんな千晃は、どんなセックスをするのだろう。  そうぼんやりと考えてから、はっと我に返った。そんな考えが恥ずかしく思えた。千晃は自分にとっては雲の上の存在だ。高嶺(たかね)の花だ。底辺を()いつくばって生きる自分が、期待を持ってはいけない。苦しくなるだけだ。  でも。そうわかっていても。こんなに千晃に会いたいのはなぜなのだろう?  その答えを知るのはなんとなく怖かった。その答えはきっと、誉とは無縁の、果てしなく遠い存在のモノに違いないから。

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