33 / 73

会えた

 すっと、サウナの扉が開いて、だれかが入ってきた。ちらっと、条件反射で相手を確認して、はっと息を()む。  会えた。  千晃が、前と同じように颯爽(さっそう)と入ってきた。軽く辺りを見回して、誉を認めると微かに目を見開いた。会えた喜びについ(うれ)しくなってニコリと千晃に笑いかける。千晃は軽く微笑み返して、誉に近づいてきた。 「隣、いい?」 「どうぞ」  誉の左側に腰を下ろした千晃を、体全体で意識する。鼓動が少し早くなった。こんな近くに千晃がいる。鏡越しではない、手を伸ばしたら触れられる距離に。そう思ったら、本当に千晃が隣にいるのか、どうしても確かめたくなった。そっと腕を伸ばして、ぎゅっ、と千晃の右耳を摘まんでみる。 「うおっ」  千晃が驚いて大きな声を上げた。周りの人たちが一斉に怪訝(けげん)な顔でこちらを見る。クールなイメージなのに、リアクションが素直で、しかも大きかったのは意外だった。すみません、と小さく頭を下げてから、千晃が眉を(ひそ)めてこちらを向いた。小さな声で抗議される。 「何するんだ」 「ごめん。ちょっと、確かめたくなって」 「何を?」 「本当に九条さんがいるのか」 「はあ……」 「良かった。リアル九条さんだった」  そう言って笑いかけると、じっと見つめられた。なんだろう? と思っていると、千晃が目を逸らして、前を向いた。そのままの姿勢で声を落として話し始める。 「この前のことだけど」 「……ああ、うん」 「……悪かった」 「え?」 「ちょっと……無理やりだったし……意味わからなかっただろ?」 「いや……わかってたけど」 「え?」  千晃が驚いたようにこちらを見た。 「本当に?」 「うん。あれって、俺があーでもない、こーでもない言って煩かったからだろ? だからとりあえず止めようと思ったんだろ?」 「まあ……そうだけど」 「……聞いてもいい?」 「……何?」 「なんで……わかったの?」 「…………」 「あれが全部、(うそ)だって」  誉がホストの男に向けた全て。笑顔も仕草も言葉も。何もかも「フェイク」だったこと。 「……笑顔」 「え?」 「鏡の中の笑顔と、全然違ったから」 「…………」 「なんであんな無理して笑ってんだろうと思った。しかも……相手の機嫌を損ねないように」 「……()びてるってはっきり言ってくれていいよ」 「いや……まあ……それで、それを見てたら……苛ついたというか……気づいたら、言葉が出てた」 「俺が言うことでもなかったけどな」と、少し自嘲気味に微笑んで千晃が続けた。  千晃になら。別に全て話してもいいか。そんな気持ちになった。どうせもう、自分の化けの皮は()がれてしまったようだし。 「九条さん。これからまだ時間ある?」 「え? ああ、まあ……。俺、来たばっかだし」 「終わったら、ちょっと休憩しない?」 「……いいけど……」 「じゃあ、俺、先に出て、休憩所で待ってる」

ともだちにシェアしよう!