35 / 73

自分で思うより

「あの、俺、養護施設出身なんだよね」 「え?」  千晃が驚いた顔でこちらを見た。唐突すぎたかなと思ったが、ここからの話が長くなりそうだったので、最初の入りは簡潔にしたかったのだ。 「いきなりだな」 「前置きが長いのもあれだと思って」  そこから、誉は自分の生い立ちを、重くならないように気をつけながら語っていった。父親と母親に捨てられたこと。施設に入ったこと。高校は夜間部に通ってなんとか卒業できたこと。虐待されたことやその日暮らしだったことは言わずにおいた。  誉が話している間、千晃は一言も発しなかった。無表情のまま、真っ直ぐ前を向いていた。時折、手元の缶コーヒーに視線を落とすと、思い出したかのように(すす)っていた。 「そんな感じだったから、学もないし、まともに就職なんてできなかった。でも、どうしても地元にはいたくなかった。だから……東京に留まるためだったら何だっていいと思って。男に()び売って、養ってもらったり、仕事紹介してもらったりして生きてる」 「…………」 「最低だし、褒められたもんでもないけど。でも、それしか方法も考えつなかったし。もう、どっぷりそんな世界にハマっちゃってるし。今さら、どうしようもないしな」 「……そうか?」 「え?」  思わぬ反応に千晃の方を見ると、千晃も同時にこちらに顔を向けた。目が合う。 「どうしようもないのか?」 「……だって……」 「自分次第だろ?」 「…………」 「自分が変わりたいと思うなら、できるだろ?」  軽い口調でそう言う千晃に、ムッとした。自分がしてきた苦労など、母親に捨てられた気持ちなど、わかるわけないのに。そんな簡単に変われるわけがない。親に捨てられた人間が、だれかに認められるわけがない。求められるわけがない。だから、だれも信じられないし、だれにも期待しない。そう思ってきた。 「……そんな簡単じゃない」 「…………」 「前にも言ったけど。九条さんにはわからないよ。俺が生きてきた世界は、九条さんが生きてきた世界みたいに綺麗(きれい)じゃない」 「……なんでわかるんだ?」 「…………」  今度は、千晃がムッとした顔になった。不機嫌な顔で誉を問い詰める。 「俺が生きてきた世界が綺麗(きれい)だなんて、なんでわかるんだ?」 「だって……そうだろ? 医者やってる人間が、俺みたいな底辺の生活してるわけない」 「……いい加減にしろ」  低い声でそう返されて、思わず黙る。本気で千晃が苛ついているのがわかった。 「最低とか底辺とか。なんで自分のこと卑下するんだ。そうやって思い込んで、自分を縛り付けてるだけだろ? その、お前が言う、底辺の世界から出ることが怖いんだろ? そんなのは、逃げてるだけだ。そういうの、凄ぇ苛つくんだよ。俺なんかとか言って、最初から諦めて。こんなこと俺が言うのもあれだけど、お前は自分で思うより……」  そこで、千晃がはっとした表情で言葉を止めた。

ともだちにシェアしよう!