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自分で思うより
「あの、俺、養護施設出身なんだよね」
「え?」
千晃が驚いた顔でこちらを見た。唐突すぎたかなと思ったが、ここからの話が長くなりそうだったので、最初の入りは簡潔にしたかったのだ。
「いきなりだな」
「前置きが長いのもあれだと思って」
そこから、誉は自分の生い立ちを、重くならないように気をつけながら語っていった。父親と母親に捨てられたこと。施設に入ったこと。高校は夜間部に通ってなんとか卒業できたこと。虐待されたことやその日暮らしだったことは言わずにおいた。
誉が話している間、千晃は一言も発しなかった。無表情のまま、真っ直ぐ前を向いていた。時折、手元の缶コーヒーに視線を落とすと、思い出したかのように啜 っていた。
「そんな感じだったから、学もないし、まともに就職なんてできなかった。でも、どうしても地元にはいたくなかった。だから……東京に留まるためだったら何だっていいと思って。男に媚 び売って、養ってもらったり、仕事紹介してもらったりして生きてる」
「…………」
「最低だし、褒められたもんでもないけど。でも、それしか方法も考えつなかったし。もう、どっぷりそんな世界にハマっちゃってるし。今さら、どうしようもないしな」
「……そうか?」
「え?」
思わぬ反応に千晃の方を見ると、千晃も同時にこちらに顔を向けた。目が合う。
「どうしようもないのか?」
「……だって……」
「自分次第だろ?」
「…………」
「自分が変わりたいと思うなら、できるだろ?」
軽い口調でそう言う千晃に、ムッとした。自分がしてきた苦労など、母親に捨てられた気持ちなど、わかるわけないのに。そんな簡単に変われるわけがない。親に捨てられた人間が、だれかに認められるわけがない。求められるわけがない。だから、だれも信じられないし、だれにも期待しない。そう思ってきた。
「……そんな簡単じゃない」
「…………」
「前にも言ったけど。九条さんにはわからないよ。俺が生きてきた世界は、九条さんが生きてきた世界みたいに綺麗 じゃない」
「……なんでわかるんだ?」
「…………」
今度は、千晃がムッとした顔になった。不機嫌な顔で誉を問い詰める。
「俺が生きてきた世界が綺麗 だなんて、なんでわかるんだ?」
「だって……そうだろ? 医者やってる人間が、俺みたいな底辺の生活してるわけない」
「……いい加減にしろ」
低い声でそう返されて、思わず黙る。本気で千晃が苛ついているのがわかった。
「最低とか底辺とか。なんで自分のこと卑下するんだ。そうやって思い込んで、自分を縛り付けてるだけだろ? その、お前が言う、底辺の世界から出ることが怖いんだろ? そんなのは、逃げてるだけだ。そういうの、凄ぇ苛つくんだよ。俺なんかとか言って、最初から諦めて。こんなこと俺が言うのもあれだけど、お前は自分で思うより……」
そこで、千晃がはっとした表情で言葉を止めた。
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