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チャンスは残されている

「……なあ、千晃」 「……ん?」 「嫌だったら答えなくていいけど。親父さんとなんかあるの?」 「…………」  千晃はしばらく黙っていたが、やがて誉に全てを話してくれた。千晃の生まれ育った環境や、生みの母親が早くに亡くなったこと。父親は千晃に無関心なくせに体裁を気にする人だったこと。そして、継母のことや義弟のことや上京してくるまでの過程も。  ああ、そうか。  ようやくわかった。なぜ、千晃が誉の気持ちを理解してくれたのか。自分を卑下して逃げていた誉に苛々したのか。  千晃はきっと、その苦痛な状況から必死に抜け出そうとしてきたのだろう。どうせ、とか、でも、とか、置かれた環境に文句や言い訳ばかり並べて、変える努力すらしなかった誉とは違う。  もがいてもがいて。本当に安心できる、自分でいられる場所を探して。家族から離れようと、全てを捨てて。血の(にじ)むような我慢と努力をしてきたのだろう。そんな彼だから、誉を真正面から(しか)ってくれたのだ。向き合ってくれたのだ。  そして。誉と同じように、両親の愛を感じられずに育った千晃は、どこかで「愛情」を求めていたのではないだろうか。だれかに愛されたい。傍にいて欲しい。そんな風に。  千晃と会うようになって気づいたのは、彼はとてもモテそうなのに、人との関わりの希薄さが感じられることだった。会話の中に千晃以外の人のことがほとんど出てこない。異常なくらいに。きっとそれは、最初から人からの愛情など手に入れられないと諦めて、求めないようにしていたからかもしれない。誉にも身に覚えのあることだった。  だからこそ。2人は引き寄せ合ったのではないだろうか。鏡を通して。空間を越えて。似た者同士の2人だから。お互いの傷を理解して、()め合うために。  でも、千晃はもっと楽になっていいはずだ。解放されてもいいはずだ。こんなに努力してきたのだから。苦しめられてきたのだから。誉はこの先に両親と対峙(たいじ)する機会はないだろう。彼らに恨み言1つ吐くこともできない。でも、千晃は違う。自分から、自分の手で区切りをつけて、自由になるチャンスは残されている。

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