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だれとも
「どこ行く?」
「そうだな……俺、この辺はあんまり来ないから、よく知らないんだけど」
「俺もまだ引っ越してきたばかりだからなぁ。駅前で適当に食べてもいいけど……。あの、もし良かったらなんだけど。前、俺が住んでたところの近くに商店街があって、そこにある焼き肉屋が安くて凄ぇ美味いんだけど。ここから電車1本なんだけどさ……」
「なら、そこにするか」
「うん、だけど、洒落 たところじゃないよ」
「いいよ」
こうして誉たちは、誉が前に住んでいたマンション近くの焼き肉屋に行くことにした。
その焼き肉屋はこぢんまりとしているが、亭主やスタッフが気さくでサービスも味も良かった。しかも良心価格で楽しめるので、地元民に愛される店だった。誉も週に1度は通っていたほど気に入っていた。
「おお、藍沢くん! 久しぶりじゃねーか」
店の亭主が、扉を開けて入ってきた誉を見るなり嬉 しそうに話しかけてきた。常連客からは「鉄 次 さん」とか「鉄ちゃん」とか呼ばれて慕われている人だ。
「鉄次さん、久しぶり。俺、引っ越してさ。なかなか来れなくなっちゃって」
「そうだったのか。寂しくなるなぁ。藍沢くんと話すの楽しいのに」
「またちょくちょく寄らせてもらうからさ」
そこで亭主が、誉の後ろに立つ千晃に気づいた。
「いらっしゃい。お客さん初めてだよね? 藍沢くんはいつも男前連れてくるけど、今日は今までで一番だな」
「ちょっと、鉄次さん。それはいいから」
「彼女は一向に連れてこねーしな。もう30近いのになぁ。そろそろ身を固めたらどうだって言ってんだけど、相手がいないいないって」
「鉄次さんっ」
これ以上は亭主に余計なことを言わせないため、千晃を引っ張ってカウンターから離れた、空いている席に着いた。千晃が半分からかうように聞いてくる。
「誉の相手は顔のいいやつが多いんだな」
「違うって! 鉄次さんが大げさに言ってるだけだから。ここ、前働いてた店にも近いから、たまに店の子を連れてきたりしてたんだよ。ほら、ホストって、売れたら金あるけど、売れないとそこまで金ないから。たまに面倒みてたんだよ。俺、店長だったし」
「そうか……じゃあ、この前サウナで会ったやつとも来たことあるのか?」
「……まあ」
存在すら忘れていたあのホストの話を出されて少しだけ動揺する。もしかしたら千晃は、誉がまだあのホストと続いていると思っているのだろうか。
「あのさ……もう、あいつとは会ってないから」
「そうなのか?」
「ん。というか……もうだれとも会ってない」
「……そうか」
「うん」
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