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ちょっとだけ
そこからは、近況報告などしながらゆっくりと食事を済ませた。千晃は店の味をいたく気に入ったようで、次から次へと肉を注文しては片っ端から平らげていた。
「千晃、肉好きなんだな」
「まあ。野菜よりはよく食べる」
「そうか。そしたらまた来よう」
そう言ってしまってからはっとなる。ダメだダメだ。自分はまだ千晃と距離を詰めるには早すぎる。自分から誘うなんてとんでもない。
そんな内心あたふたしている誉の気持ちを知る由もない千晃は、誉からの誘いに軽く笑って答えた。
「そうだな」
2人とも腹一杯になるまで肉を堪能し、幸せな気分で店を出た。誘ったのは自分だからと、千晃が誉の分まで支払おうとしたが、断固拒否して折半した。確かに今の自分は贅沢 ができない身の上だが、だからと言って千晃に甘えたくない。
また2人で電車に乗って、誉のアパートのある最寄り駅に戻ってきた。
「千晃は何で来てんの?」
「車。駅の駐車場に停めてある」
「そうか。そしたら反対方向だな。俺の家、こっちだから」
「じゃあ、またな」と笑顔で千晃に挨拶して歩き出そうとしたのだが。千晃にふいに腕を捕まえられて、足を止める。
「送っていく」
千晃が、呟 くように誉に言った。
「え?? いや、だけど、アパートこっから歩いて10分くらいだし。悪いから、いいよ」
「……いいから。……もう少し、話したい」
「…………」
不意打ちの言葉に、普通に照れる。どういうつもりで言ったかなんて知らないけれど。そう言ってくれたことが嬉 しくて、思わず頭を下げていた。
「……そしたら……お願いします」
「わかった」
駐車場に着くと、見るからに値段の張りそうな高級車に案内された。ホストクラブで稼いでいたホストたちの中にも、高級車を所持していた者がいた。だから、車に詳しくない誉でも、千晃の車が簡単に買えるクラスのものではないことがわかる。少し緊張しながら、助手席に乗り込んだ。車だとたった数分の道のりを、誉のアパートへと向かう。
「ここ」
指でアパートを示すと、目の前に車を横付けしてくれた。
「本当に、ありがとう」
「いや」
千晃が軽く微笑んだ。
『もう少し、話したい』
そう言ってくれたのに。距離が短かすぎて、ほとんど会話せずに終わってしまった。
「……あの……」
「ん?」
「良かったら、コーヒーでも飲んでく?」
深い意味はなかった。ただ、千晃がもう少し話したいと言ってくれたことが、誉を少し大胆にさせただけだった。家に招いて何か起きないかなんて期待も全くしていなかった。さっき自分から誘うのは良くないと言い聞かせたばかりだったし。だけど、千晃が言葉にしてくれた気持ちにどうしても応えたくなってしまった。
「……じゃあ、ちょっとだけ」
少し迷った様子を見せたが、千晃は誘いを受けた。
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